謙信の最後
越中に兵を動かしていた謙信は、謙信のいる局地戦では勝利する事ができるが、加賀、飛騨、能登の国境沿いに引かれた織田の軍勢の前に苛立ちを隠せずにいた。
「くっ!三方から囲まれては手も足もでないではないか!我の体は一つぞ!小癪な織田め!」
そんな時、伝令が謙信の前に肩膝を付いて報告する
「越後に上野から織田が侵攻を開始したとの事!至急救援を!」
苦痛の表情で伝令を見る謙信
「ぐっ!越後に戻る!急げ!」
「お待ちくだされ!謙信様!我らをいや越中を見捨てるおつもりか!」
神保長職が謙信の前に躍り出て声をかける
「くっ!」
謙信が苦痛の表情を浮かべる
「今、謙信様に越中を離れられたら、我らは織田に飲み込まれてしまいまする!お考え直しくださいませ!」
長職が謙信の足を握りながら嘆願する
「ええぃ!離せ離さぬか!越後は上杉の本拠地、このような越中などどうでも良いわ!奪われたらまた奪い返せばよい!越後とは違うのだ!」
そう言って長職を足蹴にすると謙信は兵を纏め、すぐさま越後に帰還した
その後、越中は織田に侵攻されて神保長職は織田家に降伏した
謙信が越後に戻ると上野から侵攻した織田軍は兵を引き、上野に戻ってしまった
兵を引いた織田に満足していた謙信ではあったが、その後神保が織田に降伏した知らせを受けて激怒していた
「神保め!なんと不甲斐ない!この謙信よりも織田を取るとは滅ぼしてくれる!」
そんな謙信を見つめながら定満は優しく謙信に問いかける
「そのように仰らずとも織田など、お館様のお力でいつでも滅ぼせましょう」
意外な顔をしながら満更でもない謙信は答える
「んっ?定満、今日はいやに我を持ち上げるな?なんぞ考えがあるのか?」
「考えと言うよりも気分転換が必要かと・・・」
「ほう、たしかにな・・・」
顎に手をやりながら話す謙信
「そのように思案するお館様も良いのですが、少しは気を休められたほうがよろしいかと・・・」
「ふむ、たしかにそうじゃな!ちっと織田が煩くて苛々してしまったわ!」
「この定満と舟遊びでもして気分を変えましょうぞ」
「しかし、今はそのような事もできんであろう・・・」
「気分転換に御座いますれば、策も考えておりまする・・・」
「んっ!定満の策か!」
「お館様、声がおおきゅうございますれば・・・御内密に」
「おおっそうじゃな!行くか!」
「はっ御用意してお待ちいたしておりまする」
用意が出来たとの知らせを聞き、謙信は急いで定満に会い、共に坂戸城近くにある野尻湖で舟遊びをしていた
「お館様、まずは一献」
そう言って定満は謙信の杯に酒を注ぐと自分の杯にも同じように杯に酒を入れた
謙信は注がれた酒をすぐには飲まず話し出す
「して策とは何じゃ?」
定満は先に自分の杯に注いだ酒を一思いに飲み干すとこう答えた
「今の織田は二つの人物により動いておりまする」
「信長と市であろう」
謙信は名前も出したくは無いと言いたげな表情で定満を見る
「つまりこの者達が居なくなれば良いのです・・・」
「それはそうじゃがしぶとい奴らぞ!簡単には行くまい・・・」
「行っておるのです、徳川が寝首をかいたそうに御座います」
謙信は驚きの表情を浮かべる
「我が手の者がいち早く情報を仕入れまして御座います」
謙信はにやりとした顔を浮かべ、定満の注いだ酒を一気に呷る
それを見た定満は悲しげな顔すると謙信が不審に思い問いかける
「どうした?定満、何か懸念があるのか?」
「お館様はまだかなずちに御座りまするか?」
その質問に何故だと思った謙信だったが素直に答える
「うむ、いまだに泳ぎは不得手じゃな・・・くっ・・さだっ・・・」
謙信は言葉を最後まで言い切れずに体が震えだす
「申し訳御座いませぬ、先ほどの話も嘘で御座いますれば、お酒にも少し細工を致しました」
「くっぐっっ・・・」
「この徳利には小細工がしておりましてな」
刀を抜き、徳利を切る定満
「このように仕切っておるので、2種類の酒を入れる者の意図により、変えることが出来るのでございます」
謙信は呂律も回らない状態で体が硬直していた
「お館様の飲まれた酒は痺れ薬が入っておりましたので、そのようなお姿になったということでございます」
そういうと謙信は目で睨みつける事しか出来なくなっていた
「お館様に恨みなど御座いませぬが、このままでは上杉いや長尾が滅びまする」
定満は舟に刀を刺すと、刺した場所から水がどんどん入ってくる
「お館様だけにあの世に行かせることはしませぬ、この定満、お供させて頂きますれば、どうぞお許しくだされ」
そういい終わると定満は舟を漕いでいた船頭に声をかける
「今までご苦労じゃったの、段蔵感謝しておる」
「定満様・・・」
「この文を長尾政景殿と織田のお市様にお渡ししてくれ」
懐から文を二通出すと段蔵に手渡した
「その後はもう自由じゃ、達者で暮らせ・・・」
それを聞き終わると段蔵は消えるようにいなくなった
その数日後、溺死した謙信と定満が発見されたのである