北条の秘
織田が武田を下した事が武田家周辺の国々に波紋を広げた
飛騨の有力者であった三木自綱と江馬時経は競う様に織田家に臣下の礼を取り臣従
能登の畠山七人衆も臣下の礼を取り臣従
これにより加賀、信濃、上野しか上杉の領土に隣接していなかった織田の領土が能登、飛騨も加わってしまった為、上杉は更なる窮地に追いやられていた
そんな時に関東の獅子が岐阜に訪れたのである
「お初にお目にかかります、北条相模守氏康で御座いまする」
信長の前で平伏する氏康
「大儀である、上洛するのにえらく時間がかかったのう・・・氏康」
信長は冷めた声で氏康に話しかける
「関東は田舎で御座いますれば、来るのに時間がかかりまして面目次第も御座いませぬ」
氏康は聞き流すかのように、堂々と信長の言葉と向き合う
「であるか、して臣従か?潰されたいか?好きな方を選べ・・・」
信長は冷めたように言葉を氏康に投げかける
「潰されとうは御座いませぬが、ただ臣従するのも面白みが御座いません」
「面白みのう・・・何がほしい?領地か?役職か?官位か?」
信長は興味を持ったように氏康に問いかける
「お市様を頂きたい」
そう言って頭を下げる氏康
「何、市がほしいじゃと・・・」
信長の言葉に怒気が混ざる
「今日、ここに連れて参った七男、三郎の嫁もしくは婿にして頂きたい」
そう言って三郎を前に出す氏康
「氏康が七男、三郎に御座います」
三郎は信長の目をしっかりと見つめる
「ほう、我の目をそのようにしっかり見る事の出来る男か、面白い!市に会わせてやろう、もし市を落とせたら関東をやろうぞ!」
氏康と三郎はその言葉を聞いて内心驚愕し、そして絶対落とさねばならぬと考えていた
しかしその場に獣達が居たらこう言うだろう、無理ですと
俺の目の前に信長が連れてきた二人の男が居た
「市、北条氏康殿と息子の三郎殿だ」
そう言って二人を紹介する信長
「信長の妹市で御座います」
そういって俺は頭を下げた、後ろで子供が四人はしゃいでるけどね
「どういったご用件でしょう?」
俺は首を傾げながら三人に問いかける
「三郎殿がお前を嫁に欲しいそうじゃ」
にやにやしながら話す信長、こいつ楽しんでやがるな!なんて面倒持ち込みやがる
「兄様、前にも言いましたでしょ。嫁にはいかないと」
「婿になっても良いそうじゃ」
にやけ顔がどんどん加速する信長
「三郎、お主も何とか言ったらどうじゃ!」
氏康は言葉を発さない三郎に苛立ちを覚えて話しかける
「兄様、見たところ三郎殿は、私よりも大分歳が下でしょう?私のようなおばさんはかわいそうですよ」
「美しい・・・」
三郎は俺に見ほれていた
周りで見ていた獣達は思う、見掛けに騙されてはいけないと
「まっ三郎殿がこの様な状態ではどうにもならないでしょう?氏康殿、茶でもどうですか?」
「お市様に誘われては断れません、ぜひいただきとうございます」
そうして俺は氏康、信長を茶室に招いた
「ここでは上下ありませんから、気になさらず、発言なされよ。もし兄様が暴れたら、私が止めますから・・・フフフッ」
「わしはお主にどう思われておるのじゃ!」
信長は少し拗ねていた
「仲の良いご兄妹ですな・・・ほっほっほっ」
俺は茶を立てながら話す
「北条家は家族仲が良いと聞いておりますよ、それに民にも優しい善政は聞き及んでおります」
立てた茶を氏康の前に差し出す俺
「お市様にそう言われると恥ずかしくなりますな」
そう言いながら少し顔を赤くする氏康
「私も兄様も北条の民を考える政策を評価してるのですよ。こちらから要請もしていないのに上洛した事を本当はとても喜んでるのです」
茶を信長の前に差し出す俺
「先ほどは、皆の手前もあったのでな。あのような言い方になった許せ、氏康殿」
差し出された茶椀を手に取り、見つめながら氏康は話し出す
「そこまで北条を買って頂けているとは思っておりませんでした、この話は他言無用にして頂きたいのですが、よろしいかな?」
氏康が俺たちを見て、俺たちは無言で頷く
「これは代々の当主しか知らない秘で御座います」
俺や信長も姿勢を正して真剣に氏康を見る
「初代早雲の事に関してで御座います。今は無き早雲は嘘か誠か遥か先の時代、昭和と呼ばれた時代から来たそうで御座います」
それを聞き俺は驚愕していた、転生なのか?転移なのか分からないが、この時代に未来の人間がいたのだと
「その昭和と呼ばれる日の本では、民が入れ札にて領主や将軍を決めていたそうで御座います。そして人は皆平等とされていたそうに御座います」
「なんと!」
「・・・・・・」
信長は驚き、俺はそれで北条は民や家族を大事にするのかと納得していた
「早雲はこの時代の民の有り様に大変心が痛んだと言っておりました。そして民を大切にせよ。将軍であろうが農民であろうが同じ人なのだ。ただ責任の重さだけが違うのだ。勘違いをするな。それが北条当主としての有り様だと伝えていけと仰っていたのです」
氏康は手に持っていた茶を一気に飲み干す
「そのような事が、俄かには信じがたいが・・・否定もできぬ、しかし今の民への仕打ちは我も思う事がある。そのような遥か先の時代があるのならば、この時代でも出来ぬ事は無いとそう思えるわ。良き話を聞かせて頂いた」
そう言って信長は頭を下げた
氏康は慌てて顔を上げさせる
「信長様に頭を下げて頂くような事は言っておりませぬ!頭をおあげくだされ!」
「いや、早雲殿のご苦労に頭が下がったまでの事じゃ」
微笑みながら話す信長
「北条は織田様にかけまする。これより北条は織田家に臣下の礼を取り、傘下に加えさて頂きたい」
こうして相模の獅子は頭を下げ、北条も織田家の傘下となったのである