龍と獅子
俺が奇妙、鶴、松を相手に本を読んでいたその時
「市、そろそろ嫁に行くか、婿を取るかしないか・・・」
信長がいきなり来て出だしにそう言いやがった
「嫌です」
俺は振り向きもせず、即答する
「もうそろそろ、行き遅れと呼ばれてしまうではないか・・・」
同情を込めたような顔で俺を見る信長
「私は男など要りませぬ、一生独身で良いのです!」
「女子の幸せは要らぬのか・・・」
「女子の幸せなど人それぞれに御座います、兄様が気にする事ではございませぬ」
信長は困ったように話し出す
「嫁に欲しいと結構言われておるのだ。婿でも良いという奴までおる。一度で良い、その者等と会って見てはどうじゃ?」
「ちなみにどのようなお方ですか?」
信長は俺が興味を示したのかと思い、喜び勇んで名前を挙げるが俺は即答した
「嫌です」
「自分の子を持ちたいとは思わぬのか?」
「いりません!今でさえ、こんなに子沢山なのですよ!」
そう言いながら奇妙達を指差す
「うっ・・・」
「それにもうすぐ兄様の娘もこちらに来るのでしょ!」
「冬の事か・・・」
「そうです!奇妙と松を見て、冬も鶴と一緒にいたいと駄々をこねて来るのでしょうが!どんどんここは子供部屋になっておりまする!」
「・・・・・・」
「兄様もお子を作るのは結構で御座いますが、ちゃんと姉様のご機嫌取らないとそっぽ向かれますよ!愚痴を聞く私の身にもなってくださりませ!」
どんどん顔色が悪くなっていく信長
「お館様、姫に何を言っても無駄に御座る、姫を飼いならせるような男子は日の本にいないで御座るよ」
熊が発言し、犬、猿、雉、虎が首を上下に動かしている
見えていないが鴉も頷いていた
所変わって、伊豆の小田原城の一室で北条三代当主北条氏康は一人悩んでいた
とうとう今川も武田も織田に屈服したか、次は上杉、西国、四国、そしてここ北条か
上杉から盟を結びたいとの書状が来ておる。将軍からの御内書も来ておるが、織田からの接触が無い
上杉や将軍と組むなど自殺行為じゃ
試されておるのか?眼中にないのか?高く売ろうと思い、こちらから接触するのを避けた結果が不味い事になった
今の織田は日の本の3分の1は占めておる。しかも日の本の中心じゃ、もはや勝てるはずは無い
武田は負けて甲斐一国となったが織田で重用されておる
鍵は信長の妹お市殿、あの者をなんとかすれば北条は安泰となろう
お市殿は独り身との事、なんとか嫁に、いや婿でよい、手に入れる事はできぬであろうか・・・
今、手元にいる者で未婚は七男三郎しかおらぬが、年が7つも離れておる
男女逆であればよかったのじゃが、誠意は伝わるであろう
氏真も織田家の役職についている、娘を通じて根回しをしておくべきか
そうと決まれば話は早い、わし自ら参れば良いじゃろう
「三郎を呼べ!岐阜に参る!用意をせよ!」
氏康は三郎を連れて信長とお市がいる岐阜に向かった
越後の春日山城の中にある庭先に二人の男がいた
「織田め!我が宿敵信玄を破ったか、織田の女狐!小癪な奴よ」
片手に杯を持ち酒を呷る謙信
「しかし見事な手腕でございましたぞ、この定満、感服いたしました」
腕を組みながら頷くように話す定満
「あのような女を褒めるでないわ!公方様を蔑ろにして義を重んじない織田など我が滅ぼしてくれる!北条にも使者を出した、関東管領である我が要請したのじゃ有難がって同盟しよう、そうなれば織田にも対抗出来ようぞ!」
怒りに身を任せたように怒鳴りながら酒を呷る謙信
「お館様、そのように相手を軽んじるのは良くない癖で御座います。織田の勢い尋常では御座いません。いくらお館様が強くとも、もはや織田には勝てませぬ。北条も同盟など組みますまい。今ならば織田に臣下の礼を取って頂ければ、お家は保てまする」
謙信は己が持っていた杯を定満の頭に投げつける
「二度とそのような事を、我の前で言うでない!失せろ!」
そう言って背を向ける謙信
「・・・失礼仕る」
杯の当たった場所から血を流しながら頭を下げてその場を去る定満
「上杉も消え行く定めか・・・」
その呟きは誰にも聞こえないほど小さな小さな声であった