弾正
「これまた酷い有様だねぇ。花の都って思ってたけども、これなら清洲や岐阜が凄い町に見えちゃうよ」
俺はきょろきょろと周りを見ながら呟いた
「長い戦で荒れ果てておりますな」
熊が神妙な顔をして答える
「人も怯えておるな」
犬が相槌を打つかのように話す
京の都の人々は隠れるようにして俺達一行を見ていた
「麻呂は足が痛い!痛い!でおじゃるよ。伊賀の山道は麻呂には辛過ぎたでおじゃる。まだつかんのかぇ?お腹も空いたぞょ」
雉は自分の事だけを心配していた
「雉麻呂もう少しで着くがゃ、体力ないのうぅ。おっあそこじゃ見えたがゃ!」
あきれたように呟いて指を指す猿
京の都に着いた信長は京の治安維持に兵を割き、民衆の不安を取り除くことを第一とした方針を採った
それにより短期間で町並みは整備され、京の人々に安心を与えることが出来た
そして義秋は帝に拝謁し、帝から将軍宣下を受けて将軍となった
「兄様、三好はどうやら仲違いしておるようですね」
「うむ、市が言った様に弾正が挨拶に来て臣従したいとこれを置いていったわ」
信長は茶入れを俺に渡してきた
「なんですかこれ?まっかわいい入れ物では御座いますが?」
「九十九髪茄子じゃ!」
「ふ~ん、で弾正を許しますの?」
おれはその茶器を手でコネコネしながら話す
「これほどの茶器をくれたのじゃ、許さぬ訳にはいくまい」
「でも将軍殺しをお手元に置くのは良いとも思えませんが?」
「それなりに使えるじゃろう、外に置けばそれもまた面倒ではないか」
「我侭公方が何と言うでしょうね?兄様」
「そこは市、お前が何とか取り成しといてくれ。我はあの男とは馬も反りも合わん」
「まっ兄様!あたしも嫌いですよ!あいつ!」
「そういうな、公方はお前の事がお気に入りじゃ。うまくやってくれ、それやるから」
「こんな物いらないですよ・・・ポィ」
「おい!!!」
俺は茄子を信長に投げつけると慌てた様に優しく茄子を受け止める信長
「市!これは国一つに匹敵する名器ぞぉ!!!投げるとはどういう了見じゃ!」
顔を青くしていた信長が今度は赤くして俺を睨む
「そんなもんより、大切なものは人に御座います!兄様はその事をお忘れか?」
「わかっておるが、このようなものでも価値を付ければ褒美となる。土地には限りがあるからな!」
「それがわかっているなら結構で御座います!」
「試したな、市!」
苦笑いをした信長が俺を見る
「たまに確認せねば、兄様はおかしくなりますれば・・・フフフッ」
「市にはかなわぬの、ほれ・・・ポイッ」
なげられた茄子を受け取ると俺達は笑い合った
「お初にお目にかかる、松永弾正久秀と申しまする」
深々と頭を下げる弾正が俺の前にいた
「信長の妹市よ、よろしくね弾正」
「噂に違わぬ、お美しさで、この弾正、年甲斐も無く緊張いたしますな」
「フフフッ、そんな心にも思ってもいない事、言うなんて逆に嫌味に聞こえるわよ」
「これはまた手厳しい、これでも正直に申し上げましたものを」
「腹を割って話しましょ、それが出来ないならあなた自滅するわよ」
そう言いながら俺は弾正を睨み付けた
「近畿を鎮めれば、わしは捨てられますかな?」
そういって弾正は顔を引き締めた
「あなたの心掛け次第かしら?あなたは何を望むの?あなただけの天下かしら?」
「いやはや、もはやこの年になりますと天下は取れますまい、時間が足りませぬ」
「じゃなにかしら?自分の欲を満たす事かしら?永劫の乱世が望みかしら?」
「言っても信じてもらえぬやも知れませぬが、民の為!民の笑顔の為に御座います!」
弾正の瞳には偽りがないように俺には見えた
「あなた、本当は不器用なのね」
「そのように言われるのは初めてで御座いますな、これでも世の中を器用に渡ってきた自負も御座いますれば・・・」
弾正の瞳に揺らぎが生じていた
「したくてしてきたわけではないでしょ!大体がやむを得ずでしょ!」
俺は弾正の目を見つめながら言い放つ
「乱世なれば綺麗事だけでは生きていけませぬ!」
弾正は目を背けながら話す
「わかってるわ、でももう一度天下をあたし達と夢見てみない?兄様は叶えてくれるわよ。あなたの夢」
「そんなに純粋になれますかな?」
「これあげる・・・ポイッ」
「こっこれは!!!」
弾正は俺から投げられた九十九髪茄子を受け取ると驚愕した顔をした
「弾正にあげる、その代わり天下が治まったら、あたしにお茶をご馳走してね!」
「・・・・・・・」
体を震わせて下を向く弾正
「だめかしら?」
弾正は頭を上げて答える
「この弾正!姫様が飲みたいとおっしゃれば、何時いかなる時でも茶を立てましょうぞ・・・」
松永弾正久秀、信長に臣従する