田楽狭間
「お館様、小谷城が見えましたぞ!」
「時間を食ったな。美濃尾張はもっておるか」
「お市様がおりまする!大丈夫で御座います!」
「であるか」
そんな彼らの前に数千の兵を率いた長政が信長に声をかける
「義兄上、此度は大変で御座りましたな!この長政微力ながら助勢致します!」
「長政殿助かる、そちに頼みがある。この方を暫し、匿って貰いたい。直ぐに向かいを寄越す。良いかな」
長政は信長の申し出を受けると、配下に命じて連れて行かせた
「義兄上、美濃は道三殿が何とかしておるようですが、尾張が大変な事になっておるようです。先ほどお市様の使者が参られ、清洲に攻め寄せる北畠軍と対峙してもらいたいとの要請で、このように長政が出立した次第。しかし尾張までの道程で一向宗が騒いでいるため、間に合わぬやもしれませぬが」
長政が苦痛の表情を浮かべながら信長に話す
「もう手は打ってある。坊主の騒ぎは、じき収まる」
待っていろ市、すぐに我が向かうわ
「もうすぐじゃのう、この手に玉を掴めるでおじゃる。ここからの逆転はもう出来ないでおじゃる。前祝じゃ飲め、飲め、んっ帰ったか直盛。報告をするでおじゃる」
「これはまたこのように慢心なさるとは、お気持ちは分からぬでもありませぬが、お館様の用件伝えましたところ、あのご様子では近い内にお越しになるかと」
それを聞いた義元は笑みを浮かべ、お歯黒を覗かせていたその時、土砂降りの雨が降ってきた
「お館様、濡れまする!こちらに!」
近習の者たちに連れられて雨宿りをしていた義元に、今度は雷雲による轟音が響き渡る
「これはまたひどい雨じゃな。竜玉を取られて、泣きながら喚く竜が暴れておるのかのう・・・フォフォフォ」
そう微笑みながら、空を見ていた義元に兵たちが騒ぐ音が聞こえた
「騒々しいのう。もう少し雅に出来ぬものかえぇ」
笏を口元に当てながら話していると
「敵襲!敵襲じゃ!!!」
その声を聞いて義元は瞬時に悟る。やられたと
「麻呂の爪が甘かったの」
そう呟いた時に陣幕の布が切り裂かれ、そこから見える人は、義元が今まで見たことの無いほどの、美しい女子であった
「なんと美しいぃ」
義元の口から意識していない言葉が漏れた
「呼んでる様だから来てあげたわ。お歯黒!その首を貰いにね!」
義元に切りかかるが、武芸など全然出来ない俺の一振りは、容易く避けられる
「この命、容易くやれぬでおじゃる!直盛!」
井伊は槍で俺を刺そうとしたが邪魔が入る
「うちの姫に手出しはさせぬ!」
「熊ぁ!やっちゃいなさい!」
「んっそち、どこかで見たような?義龍!斉藤義龍ではないでおじゃるか!」
お歯黒がびっくりしたように熊を見ていた
「某は熊田熊五郎に御座る。義龍など知らぬ!参るぞ井伊殿」
井伊と熊の決着は熊の圧勝だった。一瞬で井伊の首が飛んでいた
それを見たお歯黒は膝を土に付けて話し出す
「これまでのようじゃのう。今一歩でおじゃったが、最後にお市殿に会え、お市殿の手で逝ける。これほどの幸せがあろうか。願わくば、この佐文字にて介錯願いまいか」
俺に向けて刀を差し出すお歯黒。俺はそれを受け取り、鞘から抜いて振りかぶる
「お歯黒いや義元、あんためっちゃ手強かったよ。先に逝ってな、いずれあたしも行くだろうからさ・・・御免!」
東海道一の弓取りといわれた今川義元、尾張田楽狭間にて討ち死