プロローグ
普段なら月明かりと静寂に満ちている森が、今は弾丸の閃光と金属が弾ける不快な騒音に揺れていた。
山間部の僅かな平地に最低限の滑走路とレーダー施設、基地戦力のほとんどを収容できる大きめの格納庫と整備施設を設置してとりあえず基地としての体裁を整えているこの天竜基地は、今まさに"敵"の攻撃を受けている最中だ。
GAと呼ばれる全長10メートルほどの人型戦闘兵器が3機、大胆にも基地正面から突撃してきている。先頭を行くのは他の2機とは明らかに意匠の違ったシルエットを持つ純白に塗られた機体。頭部の、人間で言えば額にあたる部分から太く鋭いセンサーがまるで角のように伸びている。
天竜基地の対GA迎撃装備が十分ではないのは確かな事実だが、通常なら3機程度の相手に苦戦することはない。基地にはGA6機からなる守備隊と数台の戦闘車両がある。地形を利用し守備に徹すれば、たった3機の部隊など返り討ちにできるはずだった。
「先発したチームホークは全滅。パイロットの安否は不明ですが脱出信号は3機分受信しています」
通信係は事実を淡々と報告したが、その声は少し震えていた。
諸々の事情で現在この基地の司令官を担っている冴木涼子は管制塔から指揮下の守備部隊に迎撃支持を出しながらも、自軍の戦力では到底この窮地を抜け出すことはできないと理解している。
「帝国の一本角か。噂以上なんてもんじゃないな」
近日中に敵の襲撃があることは予想していた。しかし襲撃部隊の中に帝国の切り札の一つである一本角のGAが居たことは涼子の想定外だった。
「戦闘車両は基地まで撤退、その場に留まっても無駄死にだ。チームイーグルは?」
「チームイーグルたったいま出撃しました。」
涼子が格納庫に目をやると3機のGAが今まさに格納庫から滑走路へと出るゲートをくぐっている最中だった。敵部隊はすでに目視できる距離まで接近してきている。もし敵に狙撃性能の高い装備を持った機体が居たなら、そろそろ涼子の居る管制塔をレーザーか弾丸が撃ち抜いてもおかしくない。
「あーあー、こちらイーグル1、相手は一本角だって? 悪いが守りきれる自信は全くはないぜ涼子さん」
状況にそぐわない軽い声音で頼りない台詞を涼子に投げかけたのはたった今出撃したチームイーグルの隊長だ。彼は年齢の割に実践経験が豊富でありその実力は多くの兵が認めているが、彼の人格には少々問題が多いと涼子は感じていた。
「よく聞けイーグル1、君たちが守るのは私でも基地でもない」
そして少し言葉を選ぶような間を開けて涼子は言った。
「君たちが守るのは起動すらしない我々の切り札と――囚人だ」