8話・「信用、しちゃいますよ・・・」
オレが走るのをやめると、身体が鉄のようにズシリと重くなった。息は切れてまともに呼吸はできなくて、全力疾走したから身体も熱い。
どこにいるんだ・・・安西さんは・・・
勢い良く生徒会室を飛び出してきたけど、安西さんがいる場所なんて全然検討がつかない。無我夢中で走ってたら、気づくとオレがいたのは、オレが安西さんと初めて会った、あの道の上だった。
「・・・っ、いた―――」
オレの視線の先に、安西さんがいた。何かをするでもなく、移動するでもなく、ただ安西さんは立ち尽くしている。まるで、迷子にでもなったみたいに。
足が震えて、これ以上安西さんの近くに進めなかった。けど、ちゃんと謝らないと。
「安西さん」
「―――っ、高橋さん・・・」
近づいてくるオレに安西さんは驚いて、口を手で抑える。
「・・・この場所に、思い入れでもあるの?」
「・・・ここは、高橋さんと初めて会った場所ですよね。けど、私にとってはもう1つ、決別の場所でもあるんです。あの人のことは忘れて、新しい学校で頑張ろうって、決意したのがここなんです。それからすぐに、高橋さんの財布を拾いました」
昔話を思い出すように、安西さんの表情はとても大人ぽくて、哀愁的だった。そんな彼女は凛々しく見えたけど、どこか似合わなくて、やっぱりこんな安西さんは違うって、もう一度確認する。
「・・・忘れたらダメだと思う。その人のこと」
「えっ―――」
「忘れるってことは、無かったことにするってことは、その人はどうなるの? その死まで無意味なものにするの? つらいだろうけど、ちゃんと抱えないとダメだよ」
「・・・けど、やっぱりあの人は帰って来ないんです」
「それは安西さんのワガママだと思う。安西さんにはしなければいけないことがあるんだって。その人が残したこと、できなかったこと。安西さんなら、わかってるはず」
「・・・・・・みんなの笑顔のために。そのためならどんなことだってする・・・それが、あの人だった・・・」
ボソッと、自分に言い聞かすように安西さんは呟いた。
「その人のためにも、安西さんは頑張らないと。SSSを辞めちゃダメなんだよ」
「・・・今の私を見たら、あの人も嫌いになるでしょうか・・・愚問ですよね。わかってます。けど、高橋さんやSSSの皆さんにも迷惑をかけて・・・」
「それは違う。オレこそ、無神経なこと言って・・・本当にごめん。だからっ! オレたちと一緒に・・・ここで頑張ってほしいんだよ。安西さんがしなければいけないこと、オレたちもサポートするから!」
客観的に見たら、オレ損な役回りだよな・・・「想い人のために頑張れ!」だなんて。それこそオレと安西さんが結ばれなくなるってのに。
けど、オレのことなんかどうでもよかった。安西さんが、後悔するのをやめてくれるなら・・・
「・・・そんなこと言っていいんですか? 本気にしちゃいますよ」
安西さんは、枯れるような声でオレに尋ねた。瞳は紅く潤んで、今にもこぼれ落ちそうだった。
「うん」
「知りませんよ・・・信用、しちゃいますよ・・・居場所にして、逃げ場所にして・・・皆さんに、寄りかかってしまいますよ・・・」
「うん」
スーッと、安西さんの頬で一本の線が光った。安西さんは、慌ててその線を手のひらで消した。
――――やっと、泣いてくれた・・・
「・・・あなたは、馬鹿な人です・・・」
確かに、オレはバカかも・・・けど、『自分の心の命ずるままに』に動いて・・・後悔は全然なかった。
やっぱり、安西さんは強いな・・・
「いたぁっ! 安西ぃっ!」
突然後ろから叫び声が聞こえて、振り返ると神藤会長がすごい形相でオレたちを睨んでた。