6話・「ただ、優しさに浮かれてただけ・・・」
「――っ! ごめんなさいっ!」
オレを殴った安西さんは、すぐに現実を取り戻して、動揺を抑えきれないままオレに謝ってくる。
「・・・オレ、もしかして安西さんが傷つくようなこと」
「違うんです!」
オレの言葉を遮って、安西さんは叫ぶ。
「高橋さんは全然悪くないんです・・・私が、全部悪いんです。私が高橋さんに八つ当たりしただけなんです・・・本当にごめんなさい・・・」
「・・・前の学校で、何か・・・?」
安西さんは、オレの顔は見てくれずに、じっとうつむいたままだった。オレの問いにも、答えてくれない。
「・・・・・・殴っておいて、ダンマリなんて最低ですよね・・・実は、私がこの学園に転校してきたのは・・・前の学校の会長が亡くなったからなんです」
亡くなった・・・
「あの人は、不思議な人でした。何期も連続で会長に選ばれて、選挙のときも不信任票なんてなかった。優しくて、とても頼りになって。誰からも好かれる、温かいカリスマを持った人でした」
ポツポツと語っていく安西さんは、どこか遠くを羨ましそうに見つめていた。
「私は、あの人をすごく尊敬してました。あの人のためなら、一緒に生徒会を頑張ろうって・・・別に、好きとかそんなものではなかったんです。・・・けど、今ならわかります。恋よりも、私はあの人のことを想っていたと。だから、あの人が交通事故で亡くなったときは、心臓が止まるぐらいショックでした」
「だから・・・その人を忘れるためにこの学園に・・・?」
「はい。けど、私はダメですね。相変わらず、あの人のことを引きずって・・・高橋さんを殴って・・・」
安西さんはグッっと肩に力を入れて、手のひらを握り締めてた。潤んだ瞳は少し紅くなってるけど、涙が落ちることはない。
泣かないなんて・・・強いな、彼女は・・・けど、哀しすぎる。泣かないなんて・・・
「・・・なぁんて。冗談です、本気にしないでくださいね。誠心誠意謝りますから、このことは忘れてください」
って安西さんは笑ったけど、瞳は冗談には見えなくて。ムリにつくってるのがバレバレなぐらい、不器用な笑顔だった。
「本当に、ごめんなさい。失礼します」
安西さんはオレから逃げるように早足で去っていく。そんな彼女に、オレは何も声をかけられなかった。ただ、安西さんが出て行くのを眺めてるだけ。
オレに、止められる資格なんてないから・・・
安西さんとの摩擦のあと、オレはすごく変な気分だった。後悔? あきらめ? よくわからない感情が心を満たしていた。
オレは、安西さんを傷つけた。彼女の気持ちも、過去も、背負った苦しみにも気づかずに。
そんなつもりじゃなかった。なんて言っても、もう言い訳にしかならない。どんな顔して、安西さんと会えばいいのかもわからなくて、オレはそのことから逃げてた。
安西さんには想い人がいて、ずっとその人のことが忘れられない。そんな彼女に、オレが入り込めるような余地はない。
「無理だ」って、遠くから眺めただけで尻込みして。所詮、そんなものだったんだよ・・・オレは。
大体、バカらしいだろ。男の片思いなんて、ただ格好悪いだけなんだよ。
オレは、今まで人を好きになったことがないんだぞ。なのに、どうして安西さんに一目惚れできる? オレは安西さんのどこを好きになったんだ? 彼女のこと、全然わかってないのに。
オレは何も説明できやしない。安西さんの優しさに、浮かれてただけなんだよ・・・