オープン戦の鬼
イ軍にこんな打者が居たのか。
打撃練習で、グラウンドのあらゆるゾーンに打ち返し、スタンドインさせる豪打を披露する一人の選手に、私は目を見張らされた。
素晴らしいバットコントロール、そして長打力である。
慌てて背番号と顔を確認してみれば、昨年、投手岩野のトレードでオマケでついてきた、内野手の手塚であった。即座に実績を調べてみたが、これまで名門チーム所属でチャンスに恵まれなかったせいか、数字らしい数字は殆ど残ってはいなかった。
31歳で、実績の無い野球選手としては崖っぷちの年齢。それでもこれだけ打てるのならば、シーズンはかなりやれるのではないか。ジャイアンズと違って、イ軍では慢性的な打力不足、つまりはチャンスしかないような状況である。
「監督、彼凄いじゃないの」
手塚の打撃を見守る不二村に、私は思わず興奮気味に話しかけた。
しかし不二村は、今一つノリが悪い。
「手塚なあ…。まあ悪い選手じゃねえんだけどな…」
「何だい、問題でもあるのかい?」
不二村は苦笑しながら説明してくれた。
「いやな、練習だけ見てると確かにすげえんだよ。広角に打てるし長打力もあるし。しかしだな、奴は試合では緊張して全く打てなくなっちまう。特に点が入りそうな、試合の勝敗に影響が出る場面では、プレッシャーに負けちまうのか、ろくすっぽバットが出てこねえんだよ。いわゆる稽古場横綱ってやつなのさ」
…………。
打線の中軸が打てる逸材がようやく入ったと思えば、このザマである。
「それはそれは…。まあイディオッツらしいと言やあ、らしい選手かもな」
私の言葉に、苦笑いしながら「うるせえよ」と返しつつ、不二村は珍妙な選手起用案を教えてくれたものである。
「だからよ、本番じゃ打てねえから、とりあえず守備代走要員としてベンチ入りさせといてさ。試合前の打撃練習だけ相手に見せといて、代打で使うフリだけすんだよ。あいつは左打ちだから、いざとなったら代打で使うってポーズを見せときゃ、相手もリリーフで迷うかもしれねえだろ」
んなわきゃねえだろ、と心で思ったが、口には出せなかった。
何とも言っても、不二村が率いるのは、戦力の層が極端に薄いイデイオッツなのだ。まともな神経では、とてもこのチームを指揮出来ない。
私は、今シーズンの不二村の苦悩を思うと共に、珍采配が見れる期待に、後ろ向きな高揚感が湧いてくるのを抑え切れないのであった。




