【城戸編⑤】名前で打つ
イ軍対サ軍戦。
イ軍9回裏サヨナラのチャンスで、マウンドにはサ軍の左腕クローザー、ブラッドリー。
2死満塁ながら投手に打順が廻る場面で、ここまで野手を使い果たしていたイ軍ベンチには、打率1割台の主砲(半笑)城戸しか残っていなかった。
監督不二村から、状況的に仕方なくといった態で非常に嫌そうに代打を告げられた城戸、
「ちょっと着替えてくるわ」
と、何を思ったかロッカーに姿を消したものである。
ややあって、これが本当にホーム球場かと疑わざるを得ないブーイングに出迎えられて、打席に入る城戸。
そのブーイングへの抗議か不貞腐れか、何と通常の左打席でなく、右打席に入ったものである。ただでさえ全く期待感が無い上に、ワケの分からない行為で怒りの火に油を注がれたファンたちは、更に城戸が珍妙な打撃フォームで構えるに至って、大噴火の様相を呈したのであった。
もともと不振を極めているのに、やった事の無い右打ちなんぞ、自ら勝負を捨てているようなものではないか。城戸の野郎、遂に八百長に走ったか。
イ軍ファンの怒りたるや凄まじく、グラウンド内の選手間の会話までかき消されてしまうレベルの怒号が飛び交う始末であった。
さて、死亡フラグが乱立し過ぎて一球も投げないうちからアウトになりそうな勢いであったが、しかし、ブラッドリー対城戸の対戦は、意外な展開を見せた。
どう考えてもふざけているとしか思えない城戸に対して、ブラッドリーが非常に投げにくそうにしているのだ。そればかりか、実際に制球が乱れ、城戸は一度たりともバットを振らずに3-2のカウントからフォアボールを奪取。何とイ軍の押し出しサヨナラ勝ちとなってしまったのである。
試合後、報道陣に向かって、
「名前でもぎ取ったフォアボールだ。ブラッドリーの野郎、余程俺にビビってたんだろうな」
と、ドヤ顔で解説する城戸であったが、その背中には「KASHIKI」の文字が。
ブラッドリーが大の苦手としている左殺しの樫木(現在怪我で登録抹消中)のユニフォームをパクって打撃フォームまで真似をして、樫木になりますましてブラッドリーの動揺を誘った、ある意味プロ野球版のオレオレ詐欺なのであった…。




