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お笑い野球イディオッツ!  作者: 山岡4郎
おいでよ最弱の闇
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デーボ下久保暗殺事件

「お前ら誰のおかげで喰えてると思ってんだ! お前らなんかいつでもクビにできるんだからな!」

 これが一介の打撃コーチのセリフなのだから、驚く他は無い。バッティングピッチャーを招集したミーティングでの一コマだ。

 アーリーワークその他、「ひたすらバットを振り込む指導」で一定の成果を出してきたデーボこと下久保のパワハラは、留まるところを知らなかった。GMや監督など、強い者にはあざとい程の恭順を示すが、一転、裏方や若手などの立場の弱い者に対しては、傲慢かつ横暴にやりたい放題。最近ではオーナーの後ろ盾を笠に着て、中堅選手にすらふざけた態度を取るようになっていた。

 

 チームが打撃不振に陥ったこの一ヶ月、特にバッティングピッチャーへの当たりが強烈であった。打撃部門の責任は、本来であればその大半をデーボが背負うべきものであるが、「お前らがロクな球を投げないからだ」として、打撃投手たちに物の見事に転嫁されたものである。それが冒頭のセリフに繋がっているのであった。

 確かに、バッティングピッチャーの中で故障による長期離脱者が出るなど、万全な状態を維持できなかったのも事実である。しかし、それとてデーボが提唱するアーリーワークに、キャンプから無給のサービス残業で投げ続けて来た勤続疲労が原因である。かといって、デーボが残業代や医療費を払う筈も無い。

 いや、金の問題は置いておくとして、せめて、労いの一言でもあれば…。しかし、デーボの口から出てくるのは、叱責と恫喝、またはロクでもない武勇伝と自慢話のみであった。

 そういった事情もあり、バッティングピッチャーの間で、デーボへの不満とやり切れない思いで、淀んだ空気が蔓延するのは無理からぬところであった。


「あの野郎、殺してやりてえよ」

 出来るものならととっくに誰かがそうしているだろうが、実際は、せいぜい控室でデーボへの愚痴を呟くのが関の山であった。

 …と、そこへ売り出し中の若手である長森が飛び込んで来たものである。

「イワふぁん、ヘーフォやふぉーよ」

 そう言う長森の右頬は腫れていた。デーボの指導に従わないかどで、遂に物理的指導を喰らったものらしい。痛々しい姿ながら冷静な態度ではあったが、その目には激しい怒りが燃えたぎっていた。

 長森は体育会系の組織に馴染めず、プロ野球選手へのエリートコースからは外れた選手である。それだけに、デーボの異常なまでに上下関係に拘る方針には、激しい憎しみを感じている様子であった。

「長森よお、やるったって、一体どうすんだよ」

「らいじょおぶ。おへにあんがえがあっからさ」

 どう見ても大丈夫そうでは無かったが、長森は呂律の回らない喋りに筆談を交えて、デーボ暗殺計画について説明を始めたのであった…。


 さて、翌日のアーリーワークである。

 死球骨折から復帰したものの、調子が上がらない赤田に対して、またぞろデーボがネチネチと嫌味を連発していた。曰く、「お前は避け方が下手過ぎる。一体今までの打撃コーチは何を教えてやがったんだ。ボールを怖がるんじゃねえ」云々。

 果てしなく続く個人攻撃に、練習場は重苦しい雰囲気に包まれた。

 そこで、長森が口を開いた。

「コーチは現役時代、避けるの上手かったって聞いてます。一つ俺達に見せてもらえませんか」

 普段のつっけんどんな態度はどこへやら、柄にも無く真剣な顔である。

「赤田もそうですが、俺も最近内角を攻められて困ってるんです。避け方を知らないもんだから、どうしても腰が引けちまう。是非、コーチの避け方をお手本にしたいんです…お願いします!」

 と、頭を深々と下げたものである。

 デーボ始め、これにはその場にいた全員、驚きを隠せなかった。あの、人を人とも思わぬ長森が、蛇蝎の如く嫌っているデーボに自分から頭を下げるとは…。

 デーボ本人も悪い気がしなかった事に加え、微妙に断り辛い空気にもなっていた。本当はデーボ自身は現役時代、避け方が下手な事で定評があり、内角を攻められてはしょっちゅう怪我で戦線離脱をしていたのだが…。

「よし分かった。俺の避け方を良く見とけよ」

 そう言うと、デーボはバッティングピッチャーの中で最もコントロールがいい(そして球威が無い)岩下を呼んで「分かってんだろうな。緩く放れよ」と、釘を刺す事を忘れなかった。

 そして第一球。

「岩下、本気で来い!」

 左打席に入って粋がるデーボに対して、岩下は渾身の力を込めた速球を投じた。たまらず後ろにもんどりうって球を避けるデーボ。

「おい岩下ぁ! お前何やって…」

 岩下への恫喝は、最後まで発せられる事は無かった。

 隣で打者の目慣らしの為に投げていた村田のボールが、デーボの腹に突き刺さったのである。いかに肥満体とはいえ、昨年まで現役だった村田の150kmボールを喰らって、デーボも昏倒してしまった。


 以上、これが長森とバッティングピッチャー合作による、事故に見せかけたデーボ暗殺事件の一部始終である。

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