【城戸編104】7人の内野手
シーズン終盤、順位もタイトルもほぼ全て確定している状況で行われた、消化試合中の消化試合となったマ軍―イ軍戦。セリーグ最後の打撃タイトルである首位打者を巡り、マ軍中尾とイ軍城戸が最後の戦いに挑むのであった。
両者ともチームの鼻つまみ者とあって、お約束のタイトル獲得援護の敬遠は一切無し。己の技量だけが頼りの真剣勝負が繰り広げられる事が予想されたが、中尾、城戸両名ともセリーグ屈指の不人気選手とあって、スタジアムには閑古鳥が鳴いていたものである。
だがしかし、ここで城戸が見せたタイトル獲得への執念に、数少ない観客たちも思わず球場が揺れるレベルで驚きの叫びを上げずにはいられなかったのである。
この試合、シーズン終了を待たずして主な一軍首脳陣がGM柳澤にマシンガン解雇されていた事を受け、打撃コーチ(笑)兼任の城戸が代理で指揮を執っていたのであるが、
「イ軍の未来を見つめる事にしたから」
と、野手全ポジションに若手を起用(自らは格落ちリリーフが出てきた時に「代打俺」で確実にバント安打を決めるべく待ち戦法に徹する、恐ろしく卑怯な必勝態勢であった)。
前述の若手連中を4億円の年俸から捻り出したお小遣いで買収し、何と外野3人を内野守備に就かせる上にマウンドの両翼に並ばせるという、サッカーのPK守備と見紛うバント安打絶対阻止態勢、前代未聞の内野7人制を敷いたのである。
「本来なら投手に敬遠させるのが一番早いんだが、相原と神崎がうるせえからな」
城戸は犬猿の仲である投手陣のリーダー格二人について愚痴りながらも、水も漏らさぬ鉄壁の布陣にご満悦。打席の中尾を挑発するかの如く、ベンチからしきりにシャドーバントの構えで煽りまくったものである。
この仰天シフトに対して、中尾は城戸の想定通りに予告バントの構えで無言の返答。
「フッ、『球界一のバント安打の名手』とかいうどうでもいい異名にこだわりまくる、奴の無駄にスタイリストな性格はお見通しよ。これで中尾の野郎はブーイング怖さで無人の外野に球を飛ばせねえというワケだ」
果たして中尾への初球、低めのかなり難しいコースではあったが、首位打者候補の意地が炸裂。中尾のバットで勢いを殺された打球は、やや三塁寄りのマウンドと打席の中間地点という素晴らしく微妙な位置に、見事に転がされたものである。
これが通常の守備体型ならまずバント安打になったと思われる打球であったが、何せ超至近距離での内野7人制、更にはボールを最初に捕球した者へ、城戸が懸賞金までつけている状況である。
内野7人に加えて、投手、捕手までが金目当てで打球に殺到すれば、どう考えても100%アウトのタイミングとなる事は明白であった。
――首位打者、ゲットだぜ!――
結局三塁手が掴んだ打球を高々と掲げるのを眺めて、思わずベンチから飛び出しシャドーバントの構えをしながら打者走者の中尾に向かって大勝利確信のドヤ顔を浴びせる城戸。だがしかし、中尾は腹を抱えて爆笑し、ごっつぁんポーズで返してきたものである。
「しまった!!!!」
そう、野手全員金に目がくらんで打球に殺到した結果、ファーストベースカバーに入る者が誰もいなかったのであった…。




