【イ軍編2462】私をクーパースタウンへ連れてって
21年前に高卒新人一年目で28ホーマーをマークし、満票での新人王を獲得。3年目には100ホーマーに到達し、本塁打世界記録更新が期待されたマ軍の強打者蓬莱。だが、飛び抜けた身体能力に体が付いて行かず、長期離脱に繋がる大きな故障を頻発。最終的には40歳での引退時に、352ホーマーで打ち止めとなったのであった。
「まあホームラン記録に関しては最初から破れると思ってなかったから…。いや、1㍉くらいは微レ存どころじゃないかと…(小声)。そんな事より、メジャーに挑戦出来なかったのが心残りよ。アキレス腱やっちまって、守備走塁が落ちまくったのが痛かったわなあ…。ワイの打力じゃポスティングやっても獲ってもらえなかったわね。行ったら毎年25本ぐらいは何とかなってたんじゃないかと、今でも夢に見ちまいますわ」
と、引退会見で無念を語った蓬莱であったが、誰もが予想し得ないところで、まさかのメジャー行きが実現したのである。
「いやあ、イ軍の“風神”(※シーズン被本塁打世界記録保持者。打たれる方)様様よ。ワイが打った350号が、先様の350号(打たれる方)でもあったそうなんや。その事実をクーパースタウンに全力プレゼンしてなあ、目出度く米国野球殿堂入りが決まったわ」
※なお、記念ボールについて、ファンから蓬莱に戻され済であったが、当該試合がイ軍本拠地で行われた為、風神側、イ軍側もボールの所有権を主張。本場米国もびっくりの激しい法廷闘争が繰り広げられたのであるが、それはまた別の話である――。