【城戸編85】痛恨の逆バット
シーズン終盤、マ軍中尾とイ軍城戸のセリーグ首位打者争いは最終局面を迎えていた。
両者ともチームの鼻つまみ者とあって、タイトル争いにありがちな敬遠合戦は無し。近年稀に見るガチなバットマンレースが展開されていたのであった。
そんな状況下、マ軍―イ軍の直接対決。
試合は4回、一塁にリバースを置いて打席には城戸の場面。ここでマ軍は、人生初の防御率のタイトルがかかったベテラン左腕宇野を、リリーフで投入。9月に入って帳尻の鬼状と化している城戸であったが、宇野だけは打てておらず、城戸にとってはかなり不利な事態に陥ったものである。
果たして宇野の一球目、しきりに盗塁の素振りを見せるリバースに神経を乱されたか、速球が外角に大きく外れたのであった。
(今だ!!!!)
これに対し城戸があからさまに不満そうな素振りを見せ、信じられない行動に出たのである。何と、バットを逆さに持って打席に立ったのだ。
「城戸の野郎、遂に気が狂ったか! 頼むからそのまま引退してくれ!」
一気にヒートアップするイ軍ファン。
しかし、もちろん気が狂ったワケではなく(確かに性根は腐り切っているが)、これは城戸の首位打者への執念が為せる奇行だったのである。
「城戸が…城戸がバッテリーに抗議してる! 敬遠するなと抗議してるんだ!!!!」
そう、かつて阪急に在籍していた怪人スペンサーが南海の野村と首位打者争いを繰り広げていた際、敬遠攻めに業を煮やしてカマした抗議の逆バットを、打率乞食の城戸がヤラセではあるものの現代に再現してみせたのである。
(フッ、逆バットで来られちまった宇野は、まともに投げるワケにはいかず、敬遠四球を出さざるを得なくなったというワケよ。奴とは相性最悪でフツーにやったら打率下がっちまうからなあ)
たった一球のボール球を打率維持のチャンスに変換してしまう。城戸の首位打者への恐るべき執念が生んだ、タイトル獲得へのサイドストーリーとなったのであった。
と思いきや、城戸以上にタイトルが欲しくて仕方がない宇野が、逆バットの城戸に対して、プライドを捨てて通常投球。
もともと打ててない上に逆バットではどうする事も出来ず、城戸は敢え無く凡退、しっかり打率を低下させてしまったと共に、「逆バットで初めてスイングした男」として、球史に名を残す事になったのであった。




