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お笑い野球イディオッツ!  作者: 山岡4郎
おいでよ最弱の闇
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ナグさん

 イ軍納会に、伝説の名選手来たる。

 どうせまたぞろロクでもない輩が来るのだろうと選手連中はタカをくくっていたのであるが、今回はまさかのガチ。

 旧ブレーブス暗黒時代、4番としてチームを牽引した凪雲が、後輩たちの前に姿を現わすというのである。


 凪雲と言えば、旧ブレーブスが弱い時代、孤軍奮闘で何度も打撃タイトルを取るなど、弱小チームを必死で支えた姿がオールドファンには記憶されている。

 しかし、凪雲の場合、数々のタイトル獲得は、チームプレーを放棄した、セルフィッシュな姿勢の徹底による産物でもあった。チーム状況から致し方の無い面もあったが、状況を考えない長打に徹したバッティング、苦手投手の際は仮病で欠場等、ありとあらゆる自分最優先で積み上げた、虚しい数字の結果なのであった。

 その後、短期間ではあるが旧ブレーブスで、一軍打撃コーチとして後進の指導に当たっていたものの、こちらは現役時代のプレーよりも更に評判が悪かった。何せ、経験則でしか物を語れない、指導者としては最も質の悪い手合いである。指導法がハマらないと、「何故出来ない」と選手を吊るし上げる一方で、具体的な打開策は何一つ提示出来ないのだ。ある時など、選手に駄目出しをし過ぎて、「使える奴がいません」と、当時の監督に真顔で進言した程であった。

 かように指導力皆無ながら、選手が活躍すれば「俺が育てた」と、某政治好きの監督の如きコメント連発…。これで人望が有る方が不思議という話で、選手からは蛇蝎の如く嫌われていたものである。

 いかにボンクラ球団だった旧ブレーブスと言えども、これだけ有害な人物を野放しにするワケにもいかず、契約期間であった2年を待たずして、敢え無く馘首と相成ったのであった。

 以降、本人は球界返り咲きを狙ってランニングなぞ欠かさなかったそうであるが、このような選手クラッシャーを雇う酔狂な球団の登場なぞ望むべくもなく、かれこれ20年近い年月が経過したのであった。

 所属時期がチームの暗黒時代だった事も有り、今では完全に過去の人。現役選手でも、生え抜きのベテラン竹垣が僅かにコーチ時代の事を覚えている程度で、他の連中に至っては名前すら知らないという有様である。

 唯一、凪雲を知る竹垣にしても、この情報を知った途端、鉄仮面と名高い無表情を露骨に歪めたのが、ある意味全てを物語っていた。


 ではなぜ、そのような過去の遺物が、今更になって何故呼び出されてしまったのか。

 実のところ、球団担当者が余った予算を消化する為に、数合わせで呼んだに過ぎなかったのである(これには余談があり、「金の問題ではない」と、凪雲はワケの分からないプライドを発揮して、なけなしの謝礼を受け取り拒否。その分の金額は、担当者がまんまと懐に納めてしまったのであった)。


 時は流れ、年の瀬も近い納会当日。

 例によって、チンケな三流ホテルでの形ばかりの宴会ではあったものの、これで今年の野球関連の行事は終わりとあって、それなりに盛り上がってはいたものである。

 一年の締めくくりとして、今年を振り返ってみる者、車や女の話に徹する者、しょーもない自慢を始めて嫌がられる者、酒に呑まれて何を言っているのか分からない者…。

 会費4000円分の元を取ろうとしたか(選手一部負担という通達であったが、どう考えても4000円の内容でしかない宴会であった)、若干やけくそ気味の賑やかさであった。

 さて、そんな宴もたけなわのタイミングで現れたのが、件の大物OBこと凪雲である。


 現れたのはいいのだが、竹垣以外は直接には知らぬ人間、そもそもが歴史の遺物のような輩であるからして、誰も存在に気付かぬのであった。凪雲が壇上に立ったにも関わらず、一人として気にも留めやしない。竹垣も、気付いていながら気付かぬ態で、黙々と酒を煽り続ける始末であった。

 このような事態に、プライドだけは異常に高い人種であるところの凪雲が、我慢出来る筈もなかった。

「うるさい!」

 と、無駄に馬鹿でかい、よく通る声で宴会場を一喝。空気を凍り付かせたのであった。

 そこにようよう、今回の担当球団職員の船坂がやってきて、

「どーもすみません凪雲さん、彼ら凪雲さんの前だから緊張してアガっちゃってるみたいでして…」

 と、またぞろ適当な事を並べ立てたものである。

 凪雲のキレやすい老人のお手本のような短気っぷりに、

(面倒くせえなあ)

 という疲弊が表情に正直に出ている船坂と凪雲の取り合わせは、ある意味では最高の天然素材と言えぬでもない面白さではあった。

「ほらみんな、前に案内した通り、我々の大先輩にあたる凪雲さんが来てくれたぞ。色々貴重なお話をしてくださるそうだから、心して聞いとけよ。じゃ、凪雲さん、よろしくお願いします」

 と、船坂は早口に捲し立てたかと思うと、俺の仕事は終わったとばかり、とっとと控室に引き籠ってしまった。

 学生時代のような微妙な空気に、選手たちは一様に嫌悪感を露わにした表情になり、宴会場は俄かに不穏な空気に包まれた。

 その空気を敏感に察知してか、凪雲はのっけから意味も無く非常に敵対的。

 選手たちをじろじろと眺めまわすや、肩を竦めたり首を傾げたり、呆れたようなジェスチャーを連発。そこに薄笑いを加えて、

「さあ、俺を嫌え!」

 と言わんばかりの感じの悪さである。

 更に畳みかけるように、長森に対して、

「お前は誰だ」

 と、何の前触れもなく毒づいたものである。

 ややあって、長森が自分に視線が集中した事に気が付いて

「俺?」

 と自らを指差したタイミングを狙って、凪雲がラッシュを仕掛けた。

「お前はそれでもプロ野球選手か。そんなヒゲみっともないと思わんのか。すぐに剃れすぐに。子供が真似したらどうするんだ」

 外野が聞いていてもうんざりするようなどうでもいい指摘を、超上から目線で連発と来た。

「そもそも子供にヒゲは生えねえだろ…。あと未練がましさがみっともねえから、先輩もサイドの毛を完全に剃るか、逆にヅラを装着しろや。見た奴を笑い死にさせる気かよ」

 思わず呟いた草加部の突っ込みに、彼の周囲の人間もどっと湧いたのだが、これが火に油。

「おい、今笑った奴は手を上げろ」

 と、居丈高に草加部らを睨みつけてきたものである。

 まさに絵に描いたようなメシマズ、この上はとっとと帰りてえのに、凪雲はどうでもいい事を延々喋り続けそうな雰囲気だ。

 その事を敏感に察知したのが、エース相原であった。

「おいおい、つーかお宅誰なの?」

 立ち上がって、指を指す。

「馬鹿者! 偉大なOBを知らないとは何事だ!」

 激昂する凪雲を完全スルーし、

「つーか誰かこの爺さん知ってる人いる? …誰もいねえか。おい爺さん、ここは一般人は立ち入り禁止だよ。酔っ払っちゃってしょうがねえなあ」

 そこに、相原から眼で合図をされた草加部が空気を読み、畳みかける。

「今頃ご家族の方が探してるかもしれねえな。よし、じゃあ皆で爺さんを警察に届けてやろう!」

 言うが早いか、若手数人をけしかけ、凪雲を羽交い締めにし、抱え上げたものである。

「ちょ、おい! 神輿じゃないんだぞ! やめんか! 俺はブレーブスOBの凪雲だ!」

 凪雲は大騒ぎするが、皆失笑するだけで、誰も取り合いやしない。

「あっ! そこにいるのは竹垣だな! 俺だ、凪雲だ! 昔お前に打撃を教えてやっただろう!」

 かつてのパワハラ対象…もとい教え子である竹垣を目ざとく見つけ、最後の抵抗を見せる凪雲。

 しかし竹垣は、

「は? 誰?」

 と、完全に他人のフリで押し通した。――湧き上がる爆笑。

 これを見た相原、

「おいおい、竹垣さんも知らねえって言ってるし、こいつぁ100%黒だな。全く爺さんよ~、酒飲むのはいいけど無関係な他人に絡むのだけは勘弁な」

 そう言ってそのまま凪雲を派出所に連行、凪雲は不審者として御用となり、イ軍の面々はその足でめいめい二次会、または帰宅していったのであった。


 事の顛末を聞いたGM柳澤は、担当の船坂を叱責するどころか、

「こんな面白い事になるなんて、よくやった! これからも頼むわ」

 と、むしろ褒め上げたらしい。その後、私の所に記事化の依頼が来て、「イ軍、悪辣OBを撃退」という新スポの一面記事が完成したのであった。

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