【城戸編56】故意被死球
「城戸さん、一体何をやってんですか」
シーズンもいよいよ終わるかという秋風吹く消化試合、どこか気の抜けた雰囲気を漂わす両チームの中で、一人、イ軍の城戸だけが異様な必死さで試合に臨んでいた。3割1分1厘とそこまでの高打率ではないものの、折からの投高打低現象で、現在まさかの打率首位に付けているのである。
しかしこの試合、城戸は非常に珍妙な動きを見せていた。
首位打者を窺う状況、一本でも多く安打が欲しいだろうに、何故かワザと投球に当たりに行っているのである。そこで、冒頭、ウ軍の捕手から不審げに突っ込まれている次第なのだ。
「首位打者狙ってんのに、当たって怪我でもしたらどうすんですか。あんたがホームベースの上に被さるから、ウチのピッチャーたちも当てないようにと困ってんですけど」
城戸の3打席目、ウ軍捕手が、たまりかねて苦情を言ったものである。
しかし城戸は、ドヤ顔に不敵な笑みを浮かべてこう答えた。
「馬鹿野郎、首位打者を狙ってればこそだっての。ここで当たっておいて軽傷で偽りの欠場モードに入ってだな、打率の低下を防ぐんだよ。これからウチが当たるチームは、投手力が充実したとこばかりだからな。打てないのは目に見えてる。ま、梶井(首位打者争いのライバル)が俺の打率を越えたら、代打で出て華麗にバントヒットを決めて抜き返してやるけどな」
糞みっともない種明かしを得々と語る城戸に、ウ軍捕手も審判も、しばし呆然とするしか無かったという…。




