【マウンドの詐欺師 神崎編⑨】禁断のエア魔球
イ軍のなんちゃってエースことマウンドの詐欺師、神崎は追い詰めらていた。
5失点ながら9回途中2死までこぎ着けたものの、満塁と追い詰められ、打席には通算9打数7安打と打ち込まれている代打の井伏。
どこに何を投げても打たれそうな雰囲気に、神崎は遂に決断した。
――アレをやるしかない。
捕手の綿貫に神崎からサインを出し、動揺する綿貫を無視して振りかぶる。そして――
ど真ん中に構えた綿貫のミットが揺れて、「ズバァーン」と一際重い音が鳴る。
唖然とする井伏、呆然とする審判。
決まったな、とばかり悠然とマウンドを降りる神崎の姿に流された審判が、若干の迷いを含みながらも手を高々と上げてストライクアウトの判定を下し、ゲームセット。
この時の神崎の投球は、後に井伏が「球が見えなかった」と告白し、消える魔球事件と呼ばれるようになる――消えるというか、実際、球を投げていなかったのである。そう、投球から綿貫の捕球、及びミットの音(綿貫が口で擬音藁)まで、全てパントマイム。
ここ一番の場面で「まさかそれはないだろう」というヤラセをやってのけた、神崎に取っても会心の試合となったのであった…。




