【城戸編29】怪我の時にこそ
ペナントレースも佳境に入った7月、パリーグからサ軍にトレードで加入した沢井。
彼のセリーグ初登板試合は、「球界の掃き溜め」として悪名高い、東京新宿イディオッツであった。
1回、先頭の竹垣に微妙な判定で四球を与えたものの、後続の赤田、アームブリスターは簡単に打ち取って、問題は4番を入っている城戸である。
(おいおい、事故りでもしたのか?)
よくよく見れば、左腕、右足をメインに全身テーピング、はてはヘルメットにフェイスガードまで装着しているのだ。心なしか、若干足元も覚束ないようである。
(こりゃ投げ辛えなあ…)
思わず顔を顰めた沢井であったが、その表情はすぐと驚きに変わった。何と、捕手の柴又が、ビーンボールすれすれの内角球を要求してきたのである。
いかに怪我人と言えど、試合に出ている以上は全力で勝負せねばならない。驚きはしたものの、サインに頷いた沢井。
しかしながら、城戸のあまりに痛々しい姿に、勝負に徹しきれない面が出てしまったのであろう、若干ボールが甘く入り、ものの見事に城戸に痛打され、先制点を献上してしまったのであった。
たまらず、マウンドに向かう柴又。
「おい! 無意味な仏心なんて出してんじゃねえ!」
「すんません柴さん。しかしあんだけボロボロの奴の内角を突くのはどうも…」
「バカヤロ、城戸の野郎は怪我なんてしちゃいねえよ! 奴はそうやってピッチャーを油断させてヒットを稼ぐような腐った根性の持ち主なんだよ。奴が故障っぽい時こそ、厳しく攻めまくらなきゃならねえんだ」
怒り心頭でまくし立てる柴又に、そんなアホな、と、一瞬呆れた沢井。
だが、一塁上の城戸を見やれば、自分でどちらの腕を負傷した設定なのかを忘れたか、テーピングした左腕でしきりにスタンドの歓声に応じながら、無傷の右腕が何故か痛そうという、噴飯ものの負傷芸を披露しているのであった…。




