代当たり屋
イ軍に移籍した選手がまず驚かされるのは、上松の打撃練習だという。
いや、それは打撃練習と言っていいものか。打席に入っているのは間違いないのだが、ボールが来る度に倒れ込んで受け身を取るという、前代未聞の調整法なのである。
あまりにも特殊な光景に、皆一様に度肝を抜かれるのであった。
一体、どういう事なのか。
これは、上松の生き残る為の戦略なのであった。
もともと上松は外角球が苦手で、ホームベースに覆い被さるリニアック打法を採用していたのだが(ちなみにメジャーのテレビ中継を見てマスター藁)、一頃4連続被死球を喰らってしまうなど、打席に立てば当てられる状況に陥っていた。
かと言って、元通りの立ち位置では外角が一切打てなくなり、ほとんど自動アウト製造機と化してしまった。
そして全く打てない期間が長引き、ついには球団の整理解雇リストに名前が記載されるに至り、上松は重大な決断を下す。
「打てないなら、せめて当たる」
こうして内角の臭い球に「本当は当たってないのに当たったように見せる技術」を、一芸と呼べるレベルまで磨き上げて、プロの世界で生き残っているのであった。
折しも、GMが出塁率を重視する柳澤に交代した事も上松に幸いした。
最近のトレンドとしては、あからさまな大仰な動作でなく、いかに怪しまれる事なくさりげなくアピールするかがカギになっている。その伝でも上松は抜群の技量を発揮し、もはや俳優でも喰っていけそうなレベルにまで到達しているのであった。
そうして今日も、上松の打撃練習――いかにしてフェイク被死球を演出するか――が、イ軍練習場で繰り広げられるのであった。




