便乗興行
蜂谷道朗。
23年前、無名の高校から忽然と現れた、走攻守の上に人格まで揃った、球界を代表する真のスーパースター。そんな彼も寄る年波には勝てず、遂に長年に渡る現役生活を締め括る決意を固めた。
イ軍としても、彼の功績を讃える特設コーナーを球場内に設置。新宿スタジアムで繰り広げられた数々の名シーンのパネルを、所狭しと陳列したものである。
蜂谷の引退の花道を整えた新宿スタジアムには、連日大勢の観客が詰めかけた。特に蜂谷出場が予想される試合は、近年では絶えて久しかった満員御礼札止めすら出る程であった。
「おい、どういう事なんだよ白井!」
血相を変えて広報部長室に乗り込んだのは、イ軍監督の不二村である。
「は? 何が?」
「すっとぼけんじゃねえ! 蜂谷の件だよ!」
「ああ、アレね。お陰さまで、ここ数日満員になってんのよ。蜂谷様々だよなあ」
「かーっ、勘弁してくれよ全くよお。何で敵チームのスターがここでフィーチャーされてんだよ!」
そう、蜂谷はイ軍の選手ではなく、バ軍の選手であった。広報部長の白井は『東京在住の蜂谷ファン』をターゲットに、彼の引退興行に徹底して便乗する事で、観客動員増の成果を上げたのであった。特設コーナーでは、新宿スタジアムで蜂谷がイ軍投手陣から決勝打を放っているシーンが、延々と流されている始末である。
「不二村さあ、確かに蜂谷は他球団の選手だけどさ。奴は球界の宝だぜ。宝に敵も味方も関係ねえんだよ」
イ軍にも商売になるスターがいればこんな事しなくて済むんだがな。
口にこそ出さないものの、白井の顔は雄弁に物語っていた…。




