あるふたりの終わり
喧嘩をした彼女に電話をした。
何度もコールしてそれはつながらなかった。
電話に出ない。メールもしない。それで終わらせるつもりなのは目に見えてわかった。
「タカー、どうしたよ?」
「いや…」
これが勘違いなら、べつにいい。
「っていうか今日、サユリちゃん見たぞ? 珍しく早く終わったのに会わんくていいのか?」
十年来の友人で、会社まで同じになったマサキが気遣い気に言う。今日は珍しく俺もマサキもほとんど定時に近い時間帯で退社していた。
「喧嘩、したんだろ?」
「あー…」
わしわしと頭を掻いた。
「ちょっと行ってくるわ」
「おー」
車に入りエンジンをかけた。この車も、サユリが気に入っていたな、と思う。もう、助手席はサユリの定位置で、いくつか置かれているCDはサユリのお気に入りのものもあった。
それでも何となく、終わりなんだ、と理解していた。
「タカのこと、大好きだよ」
サユリがよく言ってくれたその言葉が頭の中でリフレインする。
いつから、好きって聞かなくなったんだっけ。そう言えば、俺が最後に好きって言ったのはいつだっけ。
好きも愛してるも、昔のように簡単に言えなくなったのはどうしてだろう。
学生から社会人になって、お互いの時間がなかなか出来なくなったし、あえて合わせようとしなかったのはどうしてだろう。
いつか結婚して家庭を持ってなんて夢を簡単に語れなくなった。
家族をつくって食わしていく自信なんてまったくなかった。
サユリの専業主婦になりたいのって楽しそうに言っていた夢を簡単に叶えてあげれそうにない、と現実を知った。
通りなれたはずの道は静かで、反対斜線の車のライトが目に眩しく光った。
赤信号がやたらとはやく青になったような気がした。
サユリの家に近付くたびに血が逆流しているような感覚がした。
あぁ、俺はまだサユリが好きなんだ。
自覚しても、今さらどうしようもなかった。
せめて、別れはしっかりと。
サユリのアパートの下、合鍵をしっかりと握った。
思えば付き合いだしたのもはっきりしていなかった俺ら。
好きだよと言うわけでもなく、嫌いじゃないから、独り身同士のクリスマスを過ごしたのがきっかけだった。それから春になって、やっぱり独り身は寂しいってことでその時のノリのように付き合うことになった。
それでもちゃんと愛していた、と思う。
「さみしくて会いたくても、タカはいないじゃない!」
サユリが別な男といた所を目撃したのがこの喧嘩のきっかけだった。かつて見せてくれていた笑顔を、俺じゃない男に向けていた。
いつからか、その笑顔は曇るようになっていたんだ、とその時気が付いた。
「仕方ないって言い聞かせても、タカは、いなかったじゃない。あたしはいつだって会いたかったのに」
サユリの口から出てくるのは過去形になった俺への文句で、今のサユリの中には俺がいないんだ、と思わずにいれなかった。
インターホンを鳴らしてサユリが出た。
俺の顔を見ると気まずそうに顔を歪めた。
玄関には昔の俺の荷物が段ボールに入っていた。それから見たことのない男の靴があった。
サユリのなかで俺は終わっていたんだ、と突き付けられた気がした。
「タカ……」
「ん」
差し出したのは合鍵。3年近く俺の手元にあった。
あぁ、そう言えば、あと一週間で3年じゃないか。
サユリはそれを視界におさめてボロボロと涙をこぼした。
その姿を美しいとすら思ってしまう。
でも、俺は泣けなかった。それはどうしてなんだろうか。
なにも言わないサユリに俺は言う。
「終わりはちゃんとしたかったんだ」
「うん」
「サユリ」
サユリは視線だけ俺に向ける。思わずサユリを抱き締めた。風がやけに冷たく感じた。サユリの背中越しにある玄関の扉を風が叩く。
「ありがとう。楽しかった。でも、もう、終わりにしよう」
「ん……」
「俺達、別れようか」
「うん」
サユリはそれ以上なにも言わなかった。
もう、これ以上の未来は俺達になかった。
何が間違えだった、なんてわからない。
「俺の、捨てて?」
サユリはコクリとうなずいた。
俺は車に入り電話をかけた。
「マサキか?……酒、飲もうぜ」
電話を切って、車にエンジンをかけた。
もう通ることのない道をさっきとは違う思いで通りすぎた。
勢いだけで書き上げました!
さ、サユリちゃん悪女になってしまったぁ!!
そんなつもりなかったのに!
アドバイスや意見等ありましたらよろしくお願いいたします。
芽実