春の音
「いってきます」
元気な私の声が家に響いた。家族に送り出され、静かに戸を閉めて歩きだす。
いつもより早い時間。気持ちがうわついて、早くに出てきてしまった。前を見ると、見慣れた道が続いている。今日でこの道ともお別れだ。
卒業。その言葉が重く、深く、心にのしかかる。
今まで生きてきた、長く険しく、それでも楽しかった日々を思い出すと、何かが私の後ろ髪を引く。
これから進む、見えない道を想像すると、暗くて巨大な闇が、私の心を覆い隠す。
それでも、こんなに空は晴れていて
それでも、こんなに心は晴れている
歩きながら、空を見上げる。私は私に言い聞かせる。
不安ばかり持っているわけではないのだ、と。でも、希望ばかり持っているわけでもないのだ、と。それでも私は進むのだ、と。
嬉しいわけではない。でも、嬉しくないわけでもない。
寂しいわけではない。でも、寂しくないわけでもない。
私はこのまま進んでいいのだろうか、と迷うけれど、私はここで立ち止まっていいのだろうか、とも迷う。不思議な気持ち。矛盾ばかりで、よく分からない葛藤ばかり。それでも現実は、進むしかない。いや、立ち止まることはできるが、いつまでも立ち止まっていようとは思わない。立ち止まるのは、いつでもできるから。だから今は、まだ前に進もう。そう決心した。
遠くに生徒の影が見えた。そろそろ学校も近い。私の家は学校から少し遠目だから、いつもは自転車通学。だけど、今日は、今日だけは、歩いてこの道を通ろうと決めていた。
「早いね」
後ろから自転車の音が近づいてくる。振り替えると、クラスメイトが自転車で近づいて来る所だった。
「そっちもね」
そう言い返すと、彼女は明るく笑いながら通り過ぎて行った。
「学校で待ってるから」
捨て台詞を吐いて。今日はクラス全員が集まるの、だいぶ早いかも。
そこで、ふと、違和感を感じた。自然に足が止まった。見慣れた道なのに、どこか違うような気がする。
「なんだろ……いつもの道なのに」
もやもやしたまま、歩き出す。と、また足を止める。
「やっぱり、何か違う」
再度歩き出し、辺りを見渡しながら歩く。
その時、鳥の声が聞こえた。楽しげに、歌うように、鳴いている。無意識に、鳥の姿を探した。鳥は、前方の木の上にいた。 たくさんの花をつえた木。綺麗な薄い桃色の花の中に、薄い緑色の鳥の姿が見え隠れしている。
あぁ、そうか。
「春……なんだ」
見慣れない花が咲き誇る中、私は一人、小さく呟いた。