最終章 「EVER ~変わるもの、変わらないもの~」
――――ブーッ、ブーッ
「・・・征か?」
「ああ、俺だ。悪いが、俺は今から寝る。結局一睡もできなかったんでな」
「・・・葉月は?」
「もうそっちに向かってるさ。・・・翔」
「なんだ」
「お前なら心配ないだろうが、一応は言わせてくれ。あいつはもともと強くなんかないんだ。だから、しっかり支えてやってくれ」
「・・・ああ」
「さて、やばい・・・本気で眠い。後は任せる」
「随分とあっさりしてるんだな、お前」
「そりゃ信じてっからな、お前を。そんじゃ、お休み」
「征ちゃん、何て?」
「今から寝る、あとは任せた、だって」
「信頼されてるんだね、私達」
「だろうな・・・奏、昨日葉月に何を言ってきたんだ?」
「・・・私はただ、優しすぎるお姉ちゃんに、自分の決意を真っ正面からぶつけてきただけだよ」
「・・・悪かったな、悪役押し付けちまって」
「ううん、そんなことないよ」
「・・・」
「お兄ちゃん」
「・・・何だ?」
「大好き」
「・・・」
「私の大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんなんだから、きっと大丈夫だよ!」
「・・・ああ、そうだな」
[Hazuki Side]
もうすぐ学園に着きます。
翔君と奏は、その裏の森で待っているはずです。
「奏はさ、お前と正面から勝負したいんだよ」
「勝負、ですか?」
「そうだ。あの事件以来、お前は奏に今まで以上に優しく接するようになった。だけどそのせいで、お前が自分の気持ちを我慢しているんだって、奏は気づいちまったんだ」
「あ・・・」
「アイツは、自分のせいで、お前が翔を好きって気持ちを諦めようとしているのに気づいて、許せなくなったんだよ、お前を。そして何より、自分自身を」
「・・・お兄様、私、どうすればいいんですか?」
「さあな。・・・ただ、もう奏は決めている。自分の覚悟を。なら、次はお前自身が答えを示す番だ」
「私自身の、答え・・・」
「周りを気にせず、自分に正直になれ、葉月!」
「・・・やっと来たね、お姉ちゃん」
森の入口で、奏が待っていた。
「ごめんなさい、奏。七年ほど遅刻しちゃいました」
「七年?・・・そっか。もう、そんなになるんだね・・・大遅刻だよ」
私の言葉に奏は首を捻っていましたが、すぐに気づいたように頷いてくれました。
「それでお姉ちゃん、答えは決まったの?」
私は奏の顔を見て、真っすぐに頷きます。
「・・・そっか」
少しだけ寂しそうな顔をしましたが、すぐに奏は笑い返してきました。
「お兄ちゃんは、この先で待ってるよ」
そう言って、奏は私の方へと歩いて来ました。そして通りすぎる瞬間、
「今まで、ありがとう」
そう小さく告げて、森から出て行きました。
「・・・それは、こちらのセリフですよ、奏」
[Hazuki Side END]
「もう、フリージアの季節も終わりか・・・」
奏が帰った後、俺はもうほとんど枯れてしまったフリージアを見やった。
俺は思う。この花は俺達なんじゃないか、と。
決して終わったということじゃなくて、一つの節目を迎えたんだ。
それは俺達にとって、とても大きな意味を持っているんだと感じた。
「この花が次に咲くのは、来年の春ですね」
俺は振り返る。
そこには、同じように枯れたフリージアを見つめる葉月がいた。
葉月が顔をあげる。
きっと葉月も、俺と同じことを考えていたのだろう。
「昨日、奏に叱られちゃいました。私を盾に、自分の気持ちから逃げないで、って」
葉月は言葉を続ける。
「あの日、私はあの子の姉でいようと決意して、これまでずっと、そうして強く生きてきたつもりでした。でも結局は、それを後ろ盾にして逃げてただけだって気づかされました」
「昨日、私からその強さが失くなった時、七年前に置き忘れてた自分を、お兄様が取り戻してくれました。・・・何も纏っていない、弱い私を」
「持つべきものは兄妹、だな。俺も奏のおかげで、こうして自分自身にケジメをつけることができた」
弱かった俺達。それを支えてくれたのは、いつだって妹(兄)の存在だった。
二人して向かい合う。もう何かで自分を飾る必要なんてない。隠す必要なんて、ない。
「俺と付き合ってくれ、葉月」
「っ!」
「お前のことが好きだ。これからも、俺と一緒にいてほしい」
目の前の葉月の目に涙が浮かぶ。俺の顔も、今真っ赤になっているだろう。
「・・・嬉しい、です。翔君・・・私、凄く嬉しいです!」
葉月は、次々に頬を伝う涙を何度も拭う。
拭っても拭っても、その涙は留まることを知らなかった。
「翔君、どうしましょう。私、嬉しくて、涙が止まらない・・・」
そう言いながら泣きついてくる葉月を、俺は優しく抱き留める。
「返事、聞かせてくれよ」
俺の言葉に、胸から顔をあげた葉月は、未だに泣き止まないその顔に、満面の笑顔を浮かべて、
「私も、大好きです!」
森全体に広がるような大声で答えてくれた。
あれから一ヶ月。
長かったような短かったような夏休みも終わり、今日から二学期だ。
「あーあ、今日からまた学校かー」
奏が怠そうに言う。
「そう言うなって。もう十分遊んだじゃないか」
海に祭に、あれだけ遊んでまだ足りないのか・・・
「でも、休み明けなんて皆そんなもんだよ」
「まあ、気持ちはわからんでもないけどさ」
二人して、ある意味休み明け定番の会話をしているうちに、待ち合わせ場所が見えてきた。
「あれー、二人ともまだ来てないみたいだよー」
ホント目がいいな、お前は。
「ちょっと早かったか?」
携帯の画面を見ると、待ち合わせ時間10分前を指していた。
「・・・うぉ!?」
突然視界が真っ暗になった。
「だ~れだ?」
(ったく、声でわかるっての)
「奏・・・と見せかけて、葉月だろ?」
「うわ、正解です!」
振り向いたところには、口に手を当てて驚いている葉月がいた。
「すごーい、引っ掛からなかったね、お兄ちゃん」
「お前と葉月の手の違いくらい、簡単につくさ」
葉月が目隠しして、奏が俺を呼ぶ。なかなかの作戦だが、葉月の手は夏休みに何度も繋いだから間違えるはずがない。
まぁ触れたのは手だけじゃないけどな・・・葉月、見た目より大きかったからなぁ~
「えいっ!」
「痛っ」
葉月に叩かれた。
「今、変なこと考えてませんでした?」
す、鋭い・・・
「変なことじゃねぇよ。ただ、あの時の葉月の胸は大きかっ、」
「えいっ!」
「だから痛いって!」
「朝から恥ずかしいこと言わないで下さい!!」
もの凄く顔を真っ赤にして怒る葉月。その恥ずかしがってる顔も可愛いんだよなぁ。
「ほ、ほら、行きますよ!」
葉月が手を引っ張ってくる。
「わかったわかった、・・・っておい、そんなに引っ張んなって!」
あの日を境に、葉月は今までが嘘であるかのように、積極的になった。
いや、これが彼女の本来の姿なんだ。
七年前に忘れてきた、本当の葉月が今、俺と一緒にいる。
「俺、すっかり忘れられてないか?」
「大丈夫。今日は私がいてあげるから」
「・・・今日は?」
「だって、明日からは私もあれに参戦するもん!」
「・・・そですか」
後ろからそんな二人の声が聞こえてくる。
でも、今だけはあえて無視する。
「葉月」
「何ですか、翔君」
前で引っ張っている葉月が俺を振り返る。
そう、俺は彼女のこの笑顔が大好きだ。
これから何年の時間が過ぎても、この笑顔を側で見ていたい。感じていたい。
だから・・・
「・・・んっ!」
今、俺の想ってること全てを乗せて、彼女にキスをした。
唇を離すと、葉月が顔を赤らめながら微笑んでいた。
そして一言。それは、俺が一生涯かけてこいつの笑顔を守るための、誓いの言葉。
一輪咲きのリンドウは、寂しくなんかない。
だってその花は、他の多くの花たちと一緒に過ごすことで、楽しさを覚えていったのだから。
一輪咲きのリンドウは、悲しくなんかない。
だってその花は、他の多くの花たちに支えられているのだから。
一輪咲きのリンドウは、毎日が幸せだ。
だってその花は、他の花と『恋』をしたのだから。
「ずっと、一緒にいような!」
「うん!」
二輪の花は、笑顔を絶やさず、寄り添いながら歩いていく。
その先の未来に向かって、どこまでも、どこまでも―――――
フロハの幼なじみ編であるフリージアとリンドウ、いかがだったでしょうか。
文の書き方には多少難ありだと思われたかもしれませんが、この二つの物語を最後まで楽しんでいただけたなら幸いです。
他にも、シクルさんを初め、多くの皆さんがフロハの別ストーリーを書いて下さっているので、そちらの方も是非読んでみてください。