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第五章 「Remember ~過去の忘れ物~」

[Hazuki Side]


―――コンコン

「はい」

「葉月、俺だ。ちょっといいか?」

「お兄様・・・はい、いいですよ」

ドアを開けて、お兄様が入ってきます。

「珍しいですね。お兄様が私の部屋に来るなんて」

「ああ、少し話がしたくてな」

そう言って後ろ手でドアを閉めると、お兄様はベットに腰掛けます。

私も自分の椅子に座りました。

「・・・俺はあまり干渉するつもりはなかったんだがな」

お兄様が頭をかきながら私を見てきます。

「ここ一週間、何で翔や奏を避けているんだ?」

「・・・」

私は答えられませんでした。

実際のところ、避ける理由なんてありません。むしろ、いつも一緒にいたいくらいです。

だけど・・・自分の中の別の自分が、会うことを頑なに避けているのです。

側にいたい、でもいてはいけない・・・そんな矛盾した感情に、私はどうしていいかわからなくなっていました。

「・・・少し、昔話をするか」

「え?」

私が答えずに俯いていると、唐突にお兄様はそう切り出してきました。

「ちょうど七年前、俺達がいつものように四人でかくれんぼをしていた時に起きたこと、覚えてるよな」

「・・・覚えてないわけ、ないじゃないですか!」

私はその時のことを思い出して、思わず声が大きくなってしまいました。

あの時・・・




「おはよー葉ちゃん、征ちゃん!」

「奏!」

あの日、翔君が放心状態だった奏を連れて帰った次の日の朝。

奏はいつも通りに元気に起きてきました。

「お腹すいたー・・・あ、今日はスクランブルエッグがある!やったね♪」

奏はそのままテーブルに真っすぐ向かっていきます。

「全く、朝から元気な奴だな」

言いながら翔君も降りてきました。

「翔君、あの・・・奏は?」

恐る恐る尋ねると、

「葉月、おはよう。ん、まぁあの通りだ。昨日の事を聞いてみたんだが、全く覚えてないらしい」

「・・・そうですか。良かった、のですよね?」

「ああ。覚えていても、何の得にもならなかっただろうからな」

二人して皿を並べている奏を見ます。

その姿を見ていると、昨日のことが嘘のようにさえ思えました。

「・・・もう、アイツの側から絶対離れない」

だからこそ、隣にいる翔君の呟きも理解できました。

昨日の奏は嘘なんかじゃない、紛れも無い事実なんだと。

そして、私も同じ。


「私も、あの子とずっと一緒にいます。あの子の友達として、あの子のお姉ちゃんとして・・・」




「今思えば、あの時からだよな。お前が奏を妹のように大事に接しはじめたのは」

「そして、自己主張をあまりしなくなったのも」

・・・お兄様の言うとおりでした。

あの時の事は、私達全員に責任がありました。

その中で私は、奏を常に優先的に考えてきました。

それがエゴなのか、姉としての本心なのか、今となってはよくわかりません。

ですが・・・

「私は奏に辛い思いをさせたくないんです! たとえ、自分が苦しくても、あの子は・・・あの子には幸せになってほしいんです。もう、私のせいであの時みたいになってほしくないんです! だから、」


バンッ!!


私の叫びは、乱暴に開けられたドアの音に一時遮られました。

「か、奏・・・」

そこには、ドアを開け放った状態で泣きながら立ち尽くす奏の姿がありました。



[Kanade Side]


盗み聞きするつもりなんてなかった。

でも、聞こえてきた二人の声があまりにも真剣だったので、私は入るタイミングを失ってしまっていた。

そんな時だった。

「私は奏に辛い思いをさせたくないんです! たとえ、自分が苦しくても、あの子は・・・あの子には幸せになってほしいんです。もう、私のせいであの時みたいになってほしくないんです! だから、」


バンッ!!


気がついたら私はドアを渾身の力で開け放っていた。

涙で顔を濡らしながら・・・

「か、奏・・・」

お姉ちゃんが酷く驚いたようにこっちを見ていた。その隣では、征ちゃんも同じように驚いていた。

「そっか・・・全部、わかったよ。お姉ちゃんが踏み出せなかった理由」

(やっぱり、お姉ちゃんの最後の枷は、『わたし』だったんだね)

私は涙も拭わず、ただ真っ直ぐにお姉ちゃんのもとへ向かう。お姉ちゃんは私が前に来て座っても、俯いたまま動かなかった。

「・・・お姉ちゃん」

私は今までの感謝をこめて、たった一言だけを言った。

「ありがとう」

その言葉にお姉ちゃんはやっと顔をあげてくれた。

そこには普段の姉としての顔はどこにもなく、ただただ泣くのを必死に堪えている普通の女の子としての顔だけがあった。

あの日から、どこまでも優しく、どこまでも真摯に、私のことを考えてくれた大好きなお姉ちゃんを、


パ――――ン!


私は初めて、この手ではたいた。

驚いたように私を見るお姉ちゃんと征ちゃん。そんな二人を余所に、私は畳みかけるように言葉を紡ぐ。

「ずっと守ってもらってばかりだった私に、こんなことを言う資格はないのかもしれない。でも、お兄ちゃんはもう決断したんだよ。だから私も決めたんだ、自分の意思で!」

私は一呼吸おいて、叫ぶようにして言い放つ。

「私の幸せは、お兄ちゃんと結ばれること! 私はお兄ちゃんが好き!大好き!!」

そう叫んだ瞬間、私の頭は恐いくらいクリアになっていた。たぶん、もう整理がついたのだろう。

「・・・私は、これからもお兄ちゃんを好きでいる。異性としても妹としても。たとえお兄ちゃんが振り向いてくれなくても、それで自分が傷つくことになっても、ずっと好きで居続ける! ・・・これが、私の決断だよ」

自分でも驚くほどに冷たい声が部屋に響いた。

「・・・っ・・っぅ」

「どういう決断をしようとお姉ちゃんの自由。でも、私を盾にした決断はもう出来ないよ。どういう結果になっても、私は自分が傷つく道を選んじゃったんだから」

それを最後に、私は部屋を出た。




「奏」

玄関を出ようとしたところで、征ちゃんに呼び止められた。

「たまには、私達(・・)の兄じゃなくて、葉月(・・)の兄として、お姉ちゃんの支えになってあげてよ」

私の言葉に、征ちゃんは本当に驚いたような顔をしたが、それはすぐに苦笑に変わった。

「明日、いつもの場所(・・・・・・)で待ってる。そうお姉ちゃんに伝えて」

「・・・わかった」

征ちゃんが部屋に戻るのを見届けてから、今度こそ私は姫宮家を後にした。




[Hazuki Side]


お兄様が戻ってきても、私はただ俯いてることしか出来ませんでした。

お兄様も、私に何も言ってきません。

何の音沙汰もなく、時間だけがただ過ぎていました。

「・・・奏は私に、何を期待してるのでしょうか」

その言葉を最初に、頭の中に、淡々と言葉が浮かんできます。

「奏は翔君が好き。・・・なら私は、翔君が奏を好きになるように誘導する。そして私は、翔君を嫌いになる。・・・そうすれば、奏も幸せになる」

「葉月」

「・・・お兄様?」

どうしたのでしょう。今のお兄様からは、今までとはどこか違うような雰囲気を感じます。・・・いえ、むしろ懐かしいような・・・

「・・・おいで」

私はその声に誘われるままに、お兄様の隣に座ります。

「・・・なあ葉月。お前はいつからそんなに強くなったんだ?」

その言葉の意味が、私にはわかりませんでした。

「私は、強くなんかないです」

「そうだ。お前は弱いんだ。それをまず念頭において考えろ。・・・もう一回聞くぞ。葉月、お前はいつからそんなに強くなったんだ?」

「・・・あ」

そこまで言われてようやく気がつきました。

そう、私は強くなんかない。七年前から、それをずっと隠してきただけ・・・

私は・・・弱い・・・

「・・・ありがとう、お兄様」

そこからは、ただひたすらに泣きながら、ぽつりぽつりと胸の奥深くに隠してきた想いを、少しずつ吐き続けました。

「私は、翔君が・・・好きなんです」

自分が弱かったことを自覚した今、もう何も迷うことなんかありませんでした。

だって隣には、いつも陰で私を支え続けてくれていた、お兄様がいるのですから。








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