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第二章 「a little flower ~ぬくもり~」

「それじゃあ、いってきまーす!」

夏休み初日、奏は元気よく補習に向かった。

・・・え? あれだけ嫌がってたのに、何であんなに元気なのかって?

・・・そりゃ、テンションだけでも上げとかないとやってられないからだろ。

要するに、空元気ってやつだな。

「さて、奏も行ったことだし、さっさと宿題をやってしまいますか」


実を言うと、俺は夏休みの宿題は七月中に終わらせるタイプなのだ!

今年は奏と征が、最初の一週間学校に行ってるので、終わらせるには丁度よかったりするのだ。


俺は食器を片付けると部屋に戻った。






「ん~・・・っ、ぁ」

大きく伸びをして時計を見てみれば、もう正午を過ぎていた。

「道理で腹が減るわけだ」

俺は何かを作ろうと部屋を出た。


だが、リビングに降りてみると、テーブルの上には作り立ての炒飯とみそ汁が二人分用意されていた。

「あ、丁度よかったです。今呼びに行こうかと思ってたんですよ」

キッチンから葉月がエプロンを外しながらこっちへ近づいて来た。

「葉月?」

いつの間に来たのだろうか・・・全然気づかなかった。

「一度声をかけたのですけど・・・凄い集中力ですね」

葉月が感心したように頷く。

「・・・悪い。マジで気づかなかった」

「別にいいですよ。おかげで私もかなり宿題が進みました」

そう、こいつもまた俺と同じタイプなのである。

「無理矢理にでも気づかせてくれりゃあ、俺が昼飯作ったのに」

「それも別にいいですよ。いつもお兄様には作ってますし、それに翔君にも久々に作ってあげたいと思ってましたから」

「・・・そっか」

葉月のいつもの素直な言葉なのに、不覚にもドキっとしてしまった。

「よし、早く食べようぜ。せっかくの料理が冷めちまう」

俺は悟られないように、努めていつものように振る舞った。



それから葉月が作ってくれた昼飯を食べ、俺達は何気ない話に花を咲かせていた。

「翔君、久しぶりに対戦しませんか?」

話が尽きる頃合いを見計らってか、いつのまにか手にもっていたトランプをヒラヒラさせながら誘ってきた。

「お、懐かしいな、トランプかー。昔はよくやってたよな」

「今朝、宿題ついでに部屋の片付けをしていたら、机の奥から出てきたんですよ」

ホントに懐かしい。小学校の頃は、雨の日なんかは決まって皆でトランプやってたっけ・・・

「でも、二人でやるゲームなんて限られて来るぜ?」

葉月もうーん、とひとしきり考えてから、

「スピードをしましょう」

と高らかに宣言した。

「なるほどね。昔はよく征とやってたっけ・・・勝った試しがないけど」

「そうですよねー。お兄様、他のトランプゲームはからっきしダメでしたのに、何故かスピードだけは強かったです。私も勝ったことは未だにないですね」

俺達は声を揃えてクスクスと笑った。

「そういえば、葉月とは初めてだよな、スピード」

征とはよくやっていたが、基本的に四人のゲームが中心だったせいか、葉月とはやったことがなかったはずだ。

「言われてみれば・・・確かに初めてですね」

「んじゃ、征に勝てなかったもん同士、初対決といきますか!」

「ええ、負けませんよ!」



「2、A、K・・・あ、そっちに4、5・・・J! あがりです!!」

「何だと!?」

葉月の手には一枚も残ってなかった。そして、俺の手には二枚・・・

勝負は葉月の勝ちだった。

「ちくしょー! あと少しだったのに!!」

「どうやら私達、実力差はあんまりないみたいですね・・・」

「ええい、情けはいらん! もう一回だ、葉月!」

「いいですよ! ・・・あ、どうせなら罰ゲームをつけませんか? 一層負けられなくなりますよ」

「罰ゲームか・・・いいぜ! シンプルに、勝った方が負けた方に一個命令でどうだ?」

「わかりました。じゃあ、第二回戦といきましょうか」

「おう!」


こうして、罰ゲームつきで再びスピードを始めた俺と葉月。


「・・・Q、J、10! あがりだ!」

「あ、ずるいですよ! 私の方が速かったじゃないですか!」

「ふふふ、見苦しいぞ葉月。素直に負けを認めな」

「うぅ・・・」

「それじゃ、罰ゲームな。これから喋る言葉すべて、語尾を猫っぽく喋ること!」

「何でですか!?」

「・・・語尾」

「うぅ・・・な、何で猫語なんですにゃぁ~」

(か、可愛い・・・)



「・・・はい、A! あがりですにゃー」

「何故、何故ここでQがこないんだー!?」

「ふふっ、どんな罰ゲームがいいですにゃ~?」

「何か随分定着してないか、悪戯猫・・・」

「そ、そんなことないですにゃ~」

嘘だ。何だかんだで気に入ってる。その証拠に、今までも何回か勝ってるのに、命令解除してないし・・・

「わかりましたにゃ。そういうことを言う翔君には、『腕立て伏せ五十回 + 一回ごとに犬の鳴き声』を命令しますにゃ~」

「うげっ、マジかよ!?」

「マジですにゃ、速くしてくださいにゃ~」

「ちくしょー!」



変な罰ゲームが多かったが、葉月と二人の時間はとても楽しかった。

それに葉月のこんなにはしゃいでる姿は、随分久しぶりに見た気がした。

葉月は普段から明るくて、面倒見もよく、周りをよく見ている。だけどそれ故か、周りに合わせ過ぎている節もある。つまり、自己主張をあまりしないのだ。

自分の考えよりも、周りを優先する葉月。

だからこそ今日、周りを気にせずはしゃいでる葉月を見れたことは凄く嬉しかった。





ふと窓の外を見ると、いつの間にか空がうっすらと赤く染まり始めていた。

「いっけね、そろそろ奏が帰ってくる頃だな。買い物行かねえと」

「え、もうそんな時間です?」

俺が携帯を開いて見せると、葉月は「いつの間に・・・」と驚いていた。

「あれ? 翔君、メールが来てますよ」

「え?」

改めて画面を確認する。奏からだった。昼頃に来ていたらしい。


お兄ちゃんへ

今日は補習が終わったら、友達とカラオケに行ってくるからお昼はいらないよ。


「あれ、補習って朝だけなのか?」

「知らなかったのですか? 妹のスケジュール管理は、兄の務めですよ」

「いや、それは違うだろ」

もしそうなら、プライバシーも何もあったもんじゃない。

「でも私、お兄様にはきちんと報告していますよ?」

さも当然のことのように断言する葉月。

え、何? 俺がおかしいの?

・・・再び画面に目を戻すと、まだ続きがあった。


――――追伸

お兄ちゃん、お姉ちゃんに何かされそうになったら、いつでも電話してね! 私、マッハで駆け付けるから!!


・・・

「何だこれ?」

「昨日、からかい過ぎたせいでしょうか・・・文面から殺気を感じます」

「おいおい、冗談だろ?」

・・・と言いつつも、俺の顔は引き攣っていた。

「・・・とりあえず、買い物行くか」

「・・・そうですね」

考えてても仕方ないので、とりあえず当初の目的である買い物を済ませることにした。


「ところで葉月」

「何ですか?」

「猫はもうやめたのか?」

「え、だってもう勝負は終わったじゃないですか」

「・・・そっか」

ちょっと残念。また機会があったらやらせてみよう・・・




買い物を済ませて、俺たちは帰路についていた。

「そう言えば、もう七月も終わりですねー」

何の前触れもなく、葉月が話しかけてきた。

「そうだな・・・。奏と征が解放されたら、龍二たちも誘ってみんなで海水浴にでも行くか」

「そうですね。きっと楽しいと思いますよ」

「イベント好きの筆頭がいるからな。今年の夏も、かなり疲れそうだ」

「そこがお兄様のいいところ、ですよ。・・・何事もやるからには全力で!! 昔からの名言ですね、お兄様の」

葉月が誇らしげに語る。奏のようなお兄ちゃんっ子とは違うが、葉月は幼い頃から征のことを尊敬している。きっかけは知らないけど、その気持ちは何となく俺にもわかる。


征は、常に前向きでみんなを引っ張っていけるリーダー的な存在だ。葉月からしてみれば、自分とは逆ベクトルな存在。だからこそ憧れるし、少しでも近づきたいと思っているのだろう。


「・・・ん?」

俺はふと目に入ってきた光景に足を止めた。

とある家の庭にたった一輪だけ、花が咲いている。

まだ蕾だけれども、きれいな青紫色をしていた。

「翔君、どうかしましたか?」

数歩先を行っていた葉月が戻ってきた。

「なあ葉月。あの花、何だかわかるか?」

「花、ですか?」

葉月が俺の視線をたどるようにして、その花を見る。

「ああ、あれは竜胆リンドウですね。九月から秋の間だけ咲く花ですよ」

「ふーん」

「どうしたんです、突然?」

「ん、いや、ただ何となく目に留まったからさ、気になっただけだよ」

そう答えた俺を、葉月は怪訝そうな目で見てきた。

「・・・そういやさ、やっぱこの花にも花言葉ってあるのか?」

「もちろんありますよ。リンドウの花言葉は『悲しむあなたを愛する』『悲しい恋』ですよ。群生せず、一輪で咲くことから、そう言われてるそうです」

「・・・寂しい花なんだな」

俺はもう一度、リンドウの花を見る。確かにたった一輪で咲く様は、悲しさと寂しさを連想させる。

(・・・奏も、こんな思いだったのだろうか)

「・・・・・・」

「翔君・・・」

俺の気持ちを察したのか、葉月が俺の手をギュッと、だけど優しく握ってくれた。

(あったかいな・・・)

葉月の手の温もりに、心の影が晴れてゆくのを感じた。

「・・・ありがとう、葉月」

俺がそう言うと、葉月はもう一方の手を重ねて柔らかく微笑んでくれた。

その笑顔に、俺は自分の心が今一度温かくなっていくのを感じていた。


やがて俺たちは、どちらからともなく歩き出す。

空は、もうすっかり茜色に染まっていた――――





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