✣ 4話 淑女の武器はティーカップ
拝啓 お母さん様
花も綻び、春が近づく今日この頃。
お母さん、“ヘブン”はどうですか?
やっぱり、良き場所でしょうか?
私はですね、ちょっと色々あって悪逆非道暴君女王に転生しました。
ちなみに、あなたの可愛い娘は……
─────今、とんでもないことになっています。
✣✣✣✣
「ねぇ?────その手、離してくれない?」
その一声で、この場の気温がグッと下がった。
肌寒くて腕を擦り、吐く息も白い気がする。
「……は?そんなこと。レジス、お前に言われる筋合いはない」
私を支える指に力が入る。
レジスを見据える瞳が更に険しくなる。
え?何この状況……。
イケメンたちが私を巡って言い争うってやつ?
そんな美味しい場面、原作でもないよ?
「────王太子殿下。いや、カーディアス。その手を離せ」
え?ちょっと待って。
いま、レジスさん。王太子って言った?
そんでもって……カーディアス?(だれ?)
私の記憶力ちゃん、
──────今こそ、原作を思い出すのよ!
単語 : 王太子 カーディアス 検索っ!
…
………
…………ヒットッ!
王太子が亡くなり──
あ、そうだった……
プロローグで数文字だけの存在。
名前の記載もなかった王太子。
───────エスティアが、棚ぼた玉座を手にするキッカケとなった人。
私はまじまじと頭上にある顔を仰ぎ見る。
キリッとレジスを睨み付ける、その表情は原作のエスティアを彷彿とさせた。
確か、王太子はエスティアの母は同じ人だった。
───だから、瞳の色が一緒なのね。
原作では、あと数年後に出征した戦地で病に倒れ、そのまま亡くなる命。
そんな彼、カーディアスの温もりを今感じている。
なんだが胸の奥がチクリと痛んだ。
胸の上で指を握り込む。
────パキッ。
小枝を踏み折る音が、冷え切った空間に響いた。
ハッ!
忘れちゃいけないわ。
左方向からじわじわとこちらへと近寄る危険人物。
逃げろっ!逃げろっ!と、
危機警報が鳴り響いております。
逃げろって言ったって……
────まだ、カーディアスにお姫様抱っこされてるからっ!!
……仕方がない。
ここは意を決するしかない。
ゴクリ。息を呑む。
頷き、私自身を鼓舞した。
凍てつく殺気を放ちまくるレジスへと顔を向ける。
あ、目が合った。
漆黒の瞳が細められる。
コ、コッ、コワイィィイ─────!!
笑ってるけど、笑ってな───い!
血の気が引いた。
ひぃいいと言いそうになった口を両手で塞ぐ。
「エスティア?」
私の異変に気が付いたカーディアスが愁眉を寄せ、顔を覗き込む。
「顔色が……。おい、誰か───」
ですよね。
だって、そこに私の命を脅かす天敵が殺気放ってますもん。
控えている騎士達を呼び寄せようとするカーディアス。
今にも大事になりそうなので声を掛けた。
「だ、大丈夫です。カ、じゃなくて、お兄様────っつ?!」
一気に濃いムスクの香りに包まれた。
突如感じた冷たさに身体がビクッと震えた。
なんか、すんごい冷たいんですけど!!
何があったのかと、視線を送る。
私の顔が強張った。
皆さん、
……漆黒の双眼に、怯えたうさぎが映ってます。
それと……
私の手が攫われてました。
ん、ちょっと、レジスさん?
あ、指絡める必要ないよ!!?
あとね、
「────寒いって!!」
私のいきなりの大声にふたりとも、目を見開いた。
✣✣✣✣
ん───気まづい。
横目で右を見る。
紅茶を飲みながらカーディアスは目の前に座るレジスを鋭い目付きで睨み付けている。
横目で左を見る。
目を伏せ長い脚を組み、片手にソーサー、もう一方でカップを持ち紅茶を嗜んでいる。
カーディアスのことは気にする様子もない。
優雅さとはこのことを指すんですね。
でも、正面はこちらではないですよ?
足はテーブルの下に入れるものでは?
あ、こっち見た。
咄嗟に自分の前に置かれたお菓子へと視線を移す。
カチャ。
左の方でカップを置いた音がした。
空気が重い。
長い沈黙が続く。
言葉という概念がない世界のようです。
……やたら、カップの音デカくない?
もう、帰りたい……。
あの臭い部屋に。
カチャ。
デカいって。
「……エスティアは、まだデビュタント前だったな」
おい、右!
喋るんかいっ!
って、そうなの?
カーディアスの方へと顔を向ける。
目を伏せ、ハンカチで口元を押さえる姿だけでも、拝観料を払いたくなる。
「それはそうでしょう?今まで幽閉されていた身の上でしたから」
左!!言葉に棘があるぞ!!
ん?ユウヘイ?……名前?
んなわけない、ない。
こっちの幽閉ね。
幽閉?エスティアが?
これ原作には無いエスティアの過去の話?
耳をそば立てる。
今のふたりの会話はちゃんと聞かなきゃ。
「今の今まで、国王陛下はナゼ、王女さまをあの塔に閉じ込めていたんでしょうね」
「さあな。幾つもの戦地をお前と共にくぐり抜け、こうして王太子の座についても父上は何も教えて下さらなかった」
カーディアスは過去を思い出したかのように、遠くを見据えた。瞳にはこれまでの軌跡を物語っていた。
その顔を見ていたら、なんだか胸が締め付けられた。
私には想像しかできないけど、たくさんの血と涙を流して来たに違いない。
指に取っていたフォークをそっとテーブルに置いた。
「あ、すまない。ここからが、本題なのだが───」
私に気を使ったのか、カーディアスは話題を変えると、少し腰を浮かせ前のめりになる。声音も一段高くなった。
丸めた手を口元に持って行き、ひとつ咳払いをする。
そして、改まって口を開こうとした瞬間。
──────左から横槍が入った。
「王女さまは何色が好きですか?」
ギロッとカーディアスがレジスを射ような目でみている。腰は既に浮いている。降ろした腕の先の拳がぷるぷると震えている。
カーディアスお兄様が、目の前の猛獣に今にも飛びかかりそうなんですけど。
横目でカーディアスを見ながら、戦慄く口元を手で隠す。
「ねぇ、王女さま。そちらばかりでなく、僕を見てください」
あ"ぁ"────
無駄に良い声で囁かないでぇ。
反射的に少しカーディアスの方へと寄る。
だけど、そんなこと
─────ムスクの君は許してくれませんでした。
左手首を掴まれ、レジスのもとへと誘われました。
気付かぬうちに私の席の傍に跪いて(いつの間に?!)
漆黒の瞳が私を仰ぎ見ておられます。
少し頬を赤らめながら(そこ、赤らめない!)
そのまま私の手首はレジスの頬へ。
指先が、レジスの冷んやりとした頬に触れた。
心臓がドキドキ煩い。
私の手の甲へとレジスの指先が這う。
背筋がゾクッとした。
腰が浮きそうになる。
顔が熱い。
私の反応に満足したのか、レジスの口角が上がる。
(わ、私で遊ばないでっ!)
鼓動が収まらない。
掴まれた手を取り返そうと引っ張る。
が、レジスはそう簡単に返してくれるはずもなく……
(ビクともしねぇよ)
奥歯を噛み締め、引っ張るが意味がなかった。
こっちが必死になってるのに、涼しい顔で微笑んでる天敵。
「王女さま、黒はどうです?」
は?黒?なんの話?
「レジス……、いい加減にしろ」
私の後ろから、これまた殺気が───
キィィン。
なんか聞き慣れない金属音が。
あれ?控えてる騎士さんの顔が慌ててるよ?
──────後ろの人、なんかやらかしてる?!
「エスティアを、離せぇぇえ!!」
私の前にカーディアスが剣を抜き現れた。
ぎゃあ"あ"あ"あ"──────!!
声にならない悲鳴とはこのことだわ。
怒りで肩を上下させるカーディアス。
それでも、私から手を離さない。
関係ないですからという顔をするレジス。
むしろ、カーディアスを見てない。
レジスが見てるのは分かります、よね?
切っ先を向けられてるのに、全く視線を逸らそうともしないんです。
「デビュタントは白と決まってるだろうが!」
「古いな…王太子殿下は」
「伝統だ!絶対にエスティアには黒はまとわせない!!ずっと、エスティアは俺が選んだドレスを着させる!」
「はあ、今日初めて王女さまと会ったのに兄貴面ですか?気持ち悪いなぁ……」
「なっ!それは……王太子となり、色々とだな……。それよりも、気持ち悪いとはなんだ!」
あ、これ……長くなるな。
目の前で言い争うふたり。
黙って見てるのも、なんだか馬鹿らしい。
あれ?私、自由じゃない?
いつの間にかレジスから解放されていたもよう。
これはチャンス!
注いであった紅茶を一気に飲み干すと、
ソーサーにカップを、叩き付けるように置く。
────ガチャン。
その音でふたりが私へと顔を向ける。
テーブルに手をつけて、そのイスから立ち上がる。
渾身のとびっきりの笑顔を浮かべて、言い放つ。
「ご馳走様でした!それでは、ご機嫌よう」
パジャマの裾を指で摘み、見よう見まねでやってみた。
そのまま翻り、あの臭い部屋へと一直線。
あのふたりから声を掛けられてる気がしたけど、
聞こえない聞こえない〜。
私は来た道をペタペタと戻って行った。
✣✣✣✣
「王女様」
部屋に戻る途中で騎士の方に声を掛けられた。
何か素敵な箱を手にしている。
「なんでしようか?」
足を止め、騎士の方へと向き直る。
「こちらを」
箱の蓋を開けられる。
そこには、黒い靴が……
これ、あの人からだよね?
自分の足元を見る。
汚れた素足。
視線を箱の中身へと向ける。
シンプルだけど、上質なことは見て分かる。
受け取ったら、絶対ダメだわ。
うん。いらないの一択のみ。
「私には必要ないです。贈り主にお気持ちだけ頂きましたとお伝えください。それでは」
頭を下げ、その場を去った。
騎士は立ち尽くしていた。
その箱を抱えながら。
……肩をガクッと落とした。




