✣ 幕間 レジス・フィ・フィガロ
彼女が僕の名前を呼んだ。
初めて呼んでくれたことに僕の心は躍った。
あの日、何十年ぶりに聞いた彼女の声は、あの時より声が大人びていた。
気持ちが逸り過ぎて、彼女は困っていた。
僕のひとつひとつの行動に
彼女は瞳を泳がせ、顔を熟した林檎のように赤らめる。
ああ、なんて可愛らしいのだろう。
そして、なんと愛らしいのか?
ああ、なんで……
─────僕の心を掴んでしまったのだろう。
もう、離さない。
もう、永遠に僕のモノ。
そう誓うように、彼女の手にキスを落とした。
彼女の瞳に映る僕。
それがどんなに僕が恋焦がれていたことを知らない彼女。
これから、君に僕をたくさん刻み込んでいくから。
──────僕なしでは生きていけないように。
背後が騒がしい。
どうやら、王太子の登場のようだ。
僕の目の前で彼女に触れた。
そのまま彼女を攫っていく戦友であり、僕の友人。
そして、彼女の兄 カーディアス。
良くもまあ、僕の前で彼女に触れられるね?
触れる許可……だって?
──────それ、僕の台詞だから。
目障りだ。その腕ごと斬り落としてしまいたい。
だけど、彼女の前でそんな姿を見せたくない。
だからここは、僕が我慢してあげる。
去って行く彼女の後ろ姿を見送る。
遠ざかる彼女を眺めるのは胸が痛む。
でも、これからはあの日のようにはならない。
姿が完全に見えなくなった。
ゆっくりと視線を侍女たちへと向ける。
僕の目を見て小さく悲鳴を上げる。
顔は蒼白。全身が震えている。
でも、僕はそれさえも許可してない。
この荒れ果てた部屋を見て、
彼女の置かれていた環境を把握した。
この者たちは、なんと愚かなのか。
熱かった僕の身体が一気に凍てつく。
どれだけ罪深いことをしたのか、
教える必要がありそうだ。
こちらへと向かう足音が聴こえる。
この足の運びは騎士だろう。
思った通り。
騎士が部屋の前で立ち止まった。
僕が扉が蹴破ったせいで、そのまま部屋に入って来た。
騎士は僕を見とめると、礼を取る。
それを終えると、騎士は近くにいた侍女に声を掛けた。
「失礼する。王女様の履き物を───」
「あ、こちらになります……」
僕の顔を怯える目で何度も見ながら、侍女は靴を取りに走る。
大事そうに胸に抱え、侍女は戻ってきた。
そのまま騎士に渡そうとするところで声を掛けた。
「その靴は僕が渡すから」
「へ?」
侍女から奪うように取り上げる。
何も装飾も無い古びた靴。
この国唯一の王女が履く靴とは思えない代物だった。
ここに居る侍女たちの方が良い物を履いている。
「ねえ、君。ちょっと」
僕は騎士へと目を向ける。
「何でしょうか?フィガロ公爵様」
部屋を出る。
今行くよ、僕の王女さま。




