✣ 第3話 淑女は焦っても顔には出しませんの
スタスタと私の手を引いて、美形くんはどんどん歩いてく。一歩踏み込む度に、プラチナブロンドの髪先が揺れる。
ひたすら長い廊下を私も、歩いてる。
というより、──────引きずられてますわ。
舵は美形くんに任せた。私は景色を楽しむことに決めこんだ。だけど、流れていく壁には装飾のひとつも何もない。
ただ一色の白のみで、あとは等間隔に窓があるだけ。
窓から見えるのは庭園のようだ。
つまらない内装より色味があって、何だかホッとした。
美形くんとのお散歩……という名の強制連行。
もちろん。
バジャマのままでね(なんでやん!?)
そういう癖でもあるのですか?
引っ張られる手はそろそろ限界です。
手の感覚が無くなって来たかも……
どうやら長い廊下が終わり、お外に出るようです。
チラッと足元を目視する私。
あ、やばいわ。
靴も何も履いてませんでした。
私、今─────素足です。
いや、もっと早く気づけよ!
わ、た、し!!
このまま外に出るの絶対に阻止したい私は行動に移した。
踵に力を込める。イメージは船の碇よ。
さあ、美形くん止まりなさ────い!
……ん?
─────上手く、いかないぞ?
私の碇は何も引っ掛けることが、出来なかったようです。
どこからともなく、メイドさんが現れ、ササッと扉が開かれた。
美形くんがフンッと私の手を更に引っ張りました。
いや、止まれよ。
そのまま、お外へと出たワケであります。
声を掛ければ良いじゃんとかの突っ込み。
ありがとうございます。
だって、こんな美形くんに手を引かれるなんて、現代では有り得ないし。せっかくなら、良い思いしたいなーっていう下心がありました。
はい、すみません……。
あ、でも、この美形くんは原作では登場していない、ただのモブなので、私の心臓と首の問題にはならないと思います!(⇽必死)
次からは下心は出しません(たぶん……?)
✣✣✣✣
素足で踏む地面はひんやりしていた。
たまに現れるチクッとした刺激。
足裏を度々突き刺す小石のせいでひと粒の涙。
(下心出した罰?!)
心地良い風が吹いた。
優しい風が私を慰めるかのように、頬を撫でた。
────クンクン。
風に乗って甘い匂いが鼻をくすぐった。
連れて来られた場所は、窓から見えた庭園だった。
その先に可愛らしいテーブルとイスが二脚。
テーブルの上には、見るからに美味しそうなお菓子が並べられ、ティーカップも用意されてある。
さっきの甘い香りはコレね!
どうやら、お茶会でも始まるようだ。
手の圧迫感が消えた。
血の流れを感じる。
ここで強制連行から解放されました。
ちょっぴり、心の底で残念に思いながらも。
(おっと、自粛自粛っ!)
「そこに座って」
美形くんが勧めて来た。
背もたれにそっと触れるとそのまま後ろへと引き、胸ポケットから自前のハンカチを手にすると、座面に敷いてくれた。
どうぞと私がそこへと来るのを待っている。
これが世にいうエスコートですわね。
レジスを前にした時の表情とは違い、目元が優しかった。少し緊張しているようで、動きは堅い。
これは評価高い!声が実に良い。そして、そのぎこちなさがなんともいえない。
イスではなくて、貴方の────
(はい、下心封印!)
暴走しかけた欲望を腹の底へと押し込める。
だけど、私のパジャマ&素足は気にしてくれない。
美形くんの服装と私のパジャマを見比べる。
何だが虚しくなった。
「私、こんな格好で恥ずかしい……」
思わず、口から零れた。
そのことに今、気付いた美形くんの顔がみるみる紅く染まっていく。
視線急降下。
「す、すまない!とにかく、レジスから引き離したい一心で……」
チラッとこちらを見ては視線を逸らす美形くん。あんなに強引に引きずってきたくせに、今や申し訳ないと言わんばかりの姿に思わず、笑ってしまった。
「クスッ。あんなに強引でしたのに。今や別人ですね」
腕を組み利き手を口元に添える。
ちょっと王女ぽい仕草を意識し演じてみせた。
気分は女優。
「い、いつもはあんな野蛮なことはしない」
一気に距離を詰められた。
私の眼前まで来る美形くん。
翠緑玉の瞳に、私が映り込む。
(この瞳……エスティアと、同じ?)
息が顔に掛かる。
────ドクンッ!
こっちが恥ずかしくなって、視線を足先へと落とす。
あんなに堅かった動きだった美形くんは慣れたようにジャケットを脱ぐと、そっと私の肩に掛けてくれた。
ジャケットから温もりを感じる。
どうやら、私の身体は冷えていたもよう。
美形くんの香りが広がる。
清潔感のある石鹸の匂い。
複雑な芳醇な香りより、この美形くんに合っている気がした。
───ザッ。
近くに人の気配。
横目で確認すると、騎士?かしら。
跪いて私の方──じゃなくて、美形くんへと目を向ける。
「───この子の履物を」
「御意」
一礼すると、スーッと居なくなる騎士。
視線を上げる。
美形くんと視線がぶつかった。
「気づかなくて悪かった」
目を伏せて、明らかに落ち込む美形くん。
もう子犬みたい。
そんな態度とられたら、
パジャマだとか、素足だとか……
この際、どうでも良く思えてきましたわ。
「大丈夫ですわ。お気になさらずに」
目を細め、少し顔を傾ける。
(なんか、私……良い女じゃない?!)
「そういう訳にはいかない」
ふわっと身体が浮いた。
布と布が擦れ合う音がやけに大きく、耳に響いた。
もっと近くに美形くんを感じる。
わ、私?!
─────お姫様抱っこされてるッ!?
赤面した顔を両手で覆う。
触れる頬が熱い。
この熱が美形くんに伝わってしまうのではないかと、ビクビクしてしまう。
「嫌かもしれないが、しばらくこのままで」
イヤなワケじゃないの!
むしろ、嬉しいッ。
ただね、恥ずかしいだけなのよ。
指と指の隙間から、美形くんを盗み見る。
レジスは妖艶イケメンだけど、美形くんは正統派イケメン。
この美しい造形を瞳に焼き付けていると、美形くんの眉根が寄った。
そして、顔が段々と険しくなる。
それも絵にはなるのだが。
美形くんの視線の先が気になった。
その視線を辿ろうとした瞬間───。
ビクッ?!と肩が跳ねた。
殺気のような……鋭く冷たい何か。
身体の熱も一気に下がる。
────なにか嫌な予感がしますわ。
身体は正直で、無意識にもそちら側を見ようとはしない。
……い、居るんですね?
サァーと風が吹く。
優しかったかこの風も何だか冷たく感じる。
悠長な小鳥たちの歌声もいつの間にか止んでいる。
風に乗り、鼻を掠めるムスクの香り……。
コツコツとリズム良く近寄る足音。
美形くんの口が動く。
「……レジス」
ああ、やっぱり。
空気が変わった気がしたもの。
恐る恐る、油の切れた機械のように頭を動かす。
漆黒の瞳と目が合った。
それだけで満足というように目を細める。
だけど、その細い目から覗く瞳は獲物を逃すまいと、今もずっと私を捉えている。
背筋が凍った。
指先が震える。
思い切り、顔を背け美形くんにしがみつく。
それに驚いた美形くんは、大丈夫か?と声を掛けてくれたが、今の私にはその余裕さえない。
見つめるレジスの目の色が変わったことに、私はまだ気づいていない。
お母さん……
私、上手くやっていける自信がなくなりました。




