✣ 第2話 淑女たるもの、着替えは速やかに
「おのれ──────っ!!!」
ガバッと飛び起きた。
勢いが良すぎてベッドのスプリングが跳ねた。
そのせいで視線が上下する。
──────き、気持ち悪い。
ゴホゴホと手で口を押えながら、ふと我に返る。
…………あれ?
ここは一体……
───どこですか?
右から左、左から右へと視線を動かす。
これを数回繰り返した。
うん。ここは私の部屋ではない!
あの詐欺師ども、私どこへ売り飛ばしやがった?!
睨み付けるように再度、部屋を見渡す。
見る限り、部屋には必要最低限な家具しかない。
まずは、私が寝ていたベッド。
実際、私が使っている物より上質。
だけど……枕のところから変な匂いがする。腐ったような酸っぱい臭い。
思わず、鼻をつまむ。
逃げるようにベッドから立ち上がると、床はベタついていた。歩く度にグヂュグチュと音を立てる。
歩く度に身が竦み、顔にシワが寄る。
そして、テーブルとひとりがけの椅子。
テーブルの脚が合ってないらしく片脚が浮いている。椅子は……うん。座面の木が折れていた。
「これじゃ、座れないじゃないの」
よく見ればテーブルも椅子も埃が溜まっている。
しばらく、掃除をしてない様子だ。
顔をしかめる。
「何これ……ウチの方が断然マシだわ」
とにかく、このベタついた足をどうにかしたい!
気持ち悪いったらありゃしない。
あと、この臭い。臭すぎて鼻がもげそう!
爪先歩きで窓へと向かう。薄いカーテンも何となくカビ臭い。サーッとカーテンを引いた。
あら……スゴい綺麗な人!
私を見てるわ。は、恥ずかしい!
…………ん?
あれ……?
────う、うそ!?
顔を触る。ベタベタと。
顎を突き出す。
じゃあ、これはどうだと両人差し指で口を広げる。
え?
────嘘でしょ……?
私と同じ動きしてるんですけど────?!
これは夢だ。そうまだ夢を見てるのよ。
頬をつねる。つねあげる。
……い、痛い!
これって────リアルなの?!
両手を頬に当て、もうね、絶叫ですわ。
だって、なぜなら─────
「悪役の悪逆非道暴君女王の、
エスティアじゃないの──────!?!?」
ガクンと、膝から崩れ落ちた。
もうね、ベタベタの床とか気にならないの。
……絶望からの絶句。
お母さん、私。
過去イチ最高の誕生日から過去イチ最悪な誕生日になりそうです。
──────アーメン。
真っ白に燃え尽きた私。
灰になってしまいたい。
そんで風に飛ばされて、キレイさっぱり消えたい。
え?エスティアって誰ですって?
仕方ないわね……
エスティアは私が何度も読み返し、セリフまでも暗唱出来る愛してやまないWeb小説《聖女のナミダ》。その小説に出てくる悪役の女王陛下。私利私欲の為の圧政を強いる。国の為、民の為を全く考えない自分ファーストな悪逆非道の暴君。
そんな彼女が辿る道は……そう。
主人公による断罪!!
最期は主人公の自らの手によって心臓一突き、そんで首を─────。
首を押さえ、肩をワナワナと震わせた。
チラッ見えた人影に思わず、声を上げそうになる。
その人影は鏡に映ったエスティアだった。
まだ幼さの残る悪逆非道暴君女王。ぶるぶると震える小さな身体からは、その片鱗さえも見えない。
なんだ〜、まだ事後前か。
なら、何とかなるか……
……ん?いや───
ちょい待って……
小説の始まりは、エスティアが女王になってから、よね?
てことは……
バタバタと立ち上がり、一気に鏡へ詰め寄る。
ガシッと鏡の端を掴みあげる。長い爪が鏡を引っ掻いた。
「エスティアの即位は二十歳を超えたくらい。今のこの姿はまだ十代後半」
くしゃくしゃな長い髪をかきあげる。
私の実年齢より若返ったわけだけど、
既に人生詰んでるので嬉しくは全くない。
「あの詐欺師ども、今度会ったらとっちめてやる!」
手のひらに拳をぶつける。
もうね、こうなったら怖いものはない。
死を前にした人間は強いわよ。
目に物見せてやる!
そう覚悟を決めたところで、なんだが当たりが騒がしくなった。
アイドルでもいるんだろうか?
嬌声が聞こえる。
ドタドタと何人もの足音と悲鳴のような声が、こちらに近付いて来る気がするのは、気のせいでしょうか?
あ、止んだ。
その瞬間。
ドカーンッ!!!
けたたましい音と共にドアがこちらに飛んで来ました。
ドアが蹴破られたんですけど!?
咄嗟に、ベッドの角にすぐさま隠れ、ひょこっと顔を出しながら様子を伺うことに。
モクモクと埃が舞う中、現れたのは────
髪をサラッと靡かせ、
漆黒で統一されたドルマン。
歩く度に揺れるベリース。
こんなに汚らしいところでも、
彼の周りには花が咲き乱れているように見えるのは
私だけではないようです。
その後ろにいるメイドさんも見えないお花が見えているようで、一生懸命摘もうとなさってます。
ん?
もしかして……、
─────まさか?!
心臓がドクンッと跳ねる。
「────レジス・フィ・フィガロ?!」
腰が抜けてそのまま、倒れるようにへたり込む。
不意に首を触ってしまう。
私の声に反応した彼は
私の顔を見るやいなや、ツンとした冷たい表情が一気に綻んだ。まるで、大輪の華のように。
頬まで紅く染め、見るからに高そうな靴がコツコツと音を奏でながら、距離を詰めて来るものだから。
無意識に退いちゃったよね。
それでも、構わず突っ込んで来るから
こっちも必死になるわけで────。
あ、壁にぶつかりました。
視界が暗くなった。
ふわっと広がるムスクの香り。
恐る恐る頭上を見上げる。
見上げた先には、私を睨めつける熱い瞳と三日月のように曲がった口元のレジスさんがおりました。
恐すぎて、壁に縋りつきました。
「王女さま、ご体調はいかがでしょうか?」
ニコッと目を細める。
え?この状況下で、それ聞く?
アンタのせいで、こっちは色々と心臓がモタネーヨ。
呆気にとられていると、
壁と仲良くしていた手を攫われた。
スッと、私と同じ目線んまで跪くと、
流れるように私の手の甲にキスを落とした。
触れるか触れないかの瀬戸際。
でも、確かに柔らかいモノが当たった。
そして、そのまま見上げてくる。
漆黒の瞳。
不覚にもドギマギしてまう。
ギュイーンと熱が急上昇。
顔が紅くなるのをどうにか抑えようとするが、
そんなスキル持ち合わせてないです。
私の反応に満足したのか、首を少し傾け目を細める。
はい。キミ、イエローカードじゃなくて
レッドカードです!
今スグ退場せよ!!
「はあ、このまま連れて帰りたい……」
ハ?コノ人なんて言ったアル?
固まった私など、気にする様子もないレジスは
私の手に執拗に攻撃を仕掛けてきた。
その凛としたスンバラシイこの上ないご尊顔を
ちょこんと乗せて来たのである。
私のHPはもう無いです。
頬をスリスリするの止めてぐだざい。
ねっとりとした瞳禁止!
魂が抜けそうになるところで、
またワタワタと騒がしくなった。
ダッダッダッと音が大きくなったと思ったら、広くもないこの部屋に隅々まで騎士?らしき人が入って来た。
そして、一列分の隙間が空いた。
そこを堂々と歩くこれまた美形くんが現れて────。
「────触れる許可は出してないぞ!」
目を見開き、指先をこちらへと向ける。そして、私のもとへと一気に近寄ると、レジスの手をバチーンと叩き付けた。
そんでもって、私の手を引くとそのまま連れ去った。
何も言わず、一方的に。
部屋まで出て来ちゃった。
すみません……
助かったんですが、ひとつ良いですか?
私、────パジャマなんですけど?!




