✣ 第1話 淑女の皆さん、契約する時はきちんと契約事項を読みましょう
『……し…も…』
外がうるさい。耳に音が入ってくる。
心地良い眠りを邪魔しないで欲しい。
耳の傍で手を振る。
『コイツ、ふざけてんのか?』
『やめなさい。大事な───よ』
(ん?私のこと……?)
いやいや、そんなハズない。
今、瞼を開けてはいけない気がする。
『聞こえてんだろ?オバサン』
────あ、今、言ったわね!!
ガバッと瞼を開けて、ムクっと起き上がる。
私、寝起き良い人なのよね……って!?
目を開けて、まずこの眩しさに目が眩む。
思わず、手で目を守る。
何この真っ白な空間……?
─────……あれ?
ここ、もしかして……
“ヘブン”に来ちゃった感じ?
『あ、やっと起きた』
『おはようございます』
「あ、どうも……」
目の前に見知らぬ人がふたり。
気怠そうにしゃがみ込んで、頬杖ついた短髪(口悪い)
お上品に微笑みながらも、
ちょっと見下したような視線を向けるおさげさん。
『どうも、初めまして』
おさげさんが、ご丁寧に頭を下げた。
私もかしこまって正座になり、頭を少し下げる。
「すみません、ここってヘブンですか?」
おさげさんの顔が少し傾き、その隣で短髪女がバカみたいにお腹を抱えて笑い始めた。腰を落とし、バタバタと足を動かしている。
『ちげ、』
『そうです。ここは“ヘブン”!!そして私たちはカミです!!』
片眉を上げ、あんぐりと口を開けたまま、短髪女はおさげさんに視線を送る。おさげさんは、目を細めて前に手を組む。
「私、……死んじゃったんですか?」
時が止まったかのように、固まるおふたり。
出そうになった涙がすーっと引いていく。
なんだか、胡散臭いふたりを前に
正座しているのが馬鹿らしく思えてきた。
すかさず、楽な姿勢になる。
足を投げ出し、グルグルと肩を回す。
そうこれ、これが落ち着く。
『あ───そんなんだから、男も寄らんわな』
ケラケラと人を笑う声がが聞こえましたが、
大人の私はスルーしますよ(何だとゴラァ)
『失礼よ、トレニー』
『なんだよ。本当なんだから仕方ないだろ』
目の前で私の男問題で言い争う二人を
私は黙って見てました。
いや、見ても聞いてもいませんでした。
だって、私の心は今幸せ一色ですからね。
イケメンくんを思い出しておりました。
『だから、そういうことだから?』
『よろしくお願い致しますね』
「……へ?」
目をぱちくりさせながら、顔を寄せてくるトレニーとおさげさん。ふたりのカミを交互に見るわけで。
……ちょっと、その含み笑いが怖いんですよ。
「あの──どういうことでしょうか?」
恐る恐る聞いてみる。
うん。間違いない。これは怒ってる。
トレニーの額、青筋浮いてるもん。
『とりあえず、コレ契約書ね』
バシンっと床にデカイ紙が叩きつけられる。
(ん?!どこから出した?!)
『こちらにサインを』
おさげさんが、ここだと何度も紙を指先でなぞる。
「え?なんの契約?!聞いて──」
『ま、とにかくここに、な、ま、え。書いて下さい』
ガシッとトレニーに両肩を掴まれる。
いつの間にか、私は正座に戻っていた。
対峙するおさげさんの細い目からチラッと見える瞳は、鋭く光っている。狙った獲物を仕留める目だ。
ゴクリと息を呑む。
あ、これ───ダメなヤツ。
テレビで見たことあるよ……
チラッと上を見る。
おさげさんの後ろに────毒液を垂らしながら牙をむく蛇が!
血の気が引く。
横を見上げれば────唸り声を上げ、今にも襲い掛かるような虎が!
冷や汗が流れる。
……はい。詰みです。
そう客観視しながらも、私はサインした。
震える手で、悔し涙を流しながら。
『これで契約は完了だ』
トレニーが口端を上げながら、契約書をクルクルと丸め、肩にポンポンと叩いている。
ふふッと手で上品に口元を隠すおさげさん。
……ホント、嫌な予感しかしない。
─────私、何やらかした?!
『では、───をよろしくお願いします』
『上手くいったら、願いをひとつ叶えてやるからな』
……ポワーン。
へ?
視界がガクンと落ちた。
そのまま身体が急落下。
腕を伸ばすが、ただ空を切るだけ。
ゾワゾワっとした身震いが足先から頭へと走る。
頭上を見上げる。
カミと名乗る詐欺師たちは助けるどころか、
涼しい顔で手を振っている。
「この────詐欺師どもがぁぁぁ!!!」
そう言い終わる頃には、頭上の穴はみるみる小さくなっていった。




