✣ 7話 淑女、脱獄を決す!
「お、王女、様……こんな感じでいかがでしょう?」
鏡の前でシーネちゃんが私の長い髪をセットしてくれた。
頭を激しめに振る。
私の奇行に鏡に映るシーネちゃんの顔は青ざめてた。
なんか、ごめんよ。
毎回、変なことして。
でも、これは私の生命に関わる問題だから。
うん。
これなら、邪魔になるまい。
────脱獄の成功のために。
(ニヤッ)
「なんか、王女様……別人みたい、ですね」
顔。引き攣ってるよ、シーネちゃん。
無理して笑わなくてええから。
そりゃ、そうよ。
全くの別人だもん。
シーネちゃんの手が止まった。
いや、固まった。
「すみませんっ、私ったら……変なことを……あわわ」
「気にしてないわ。もっと気軽に話して大丈夫だから」
背後で頭を振り続けるシーネちゃんに
肩越しで温かい瞳を向ける。
何か新入社員を彷彿させるわ〜。
こんな時もあったのよ。
────あの後輩も。
(ビキッ)
……ミスを押し付けて、彼ピッピとデートに行くような女と化したけどね。
あ───
懐かしい。
うっ、これ以上思い返すのはやめとこう。
嫌なこと思い出したわ。
遠くを見つめる。
「あ、ありがとうございます……、そ、それで王女様……」
んん?
ごめん、ちょっと離脱してたわ。
どうした?
「いま、ですね……ちょっと侍女が……私、しか居なくて……」
伏せ目で指先をモジモジしながら、訴えてくる。
「例のふたり以外にも居なかったかしら?」
確か、居たよね?
あ───思い出したくない。
漆黒さんが来た時にズラーっと侍女いたよね?
「居ましたけど……暇を出された?……ようなんですよ」
え?まぢ?
誰がそんなこと?
……いや、待て。
これってスーパーラッキーチャンスなのでは?
シーネちゃんにとってはアンラッキーだけど。
ふふっ。
……勝ったわ!
私の後ろで椅子が勢い良く倒れた。
鏡には不敵に笑うエスティアの顔が映った。
「じゃあ、私お洗濯するわ」
「えっ!?そ、そんなことさせられません……」
珍しくシーネちゃんが、口答え。
眉尻を下げ、首を左右に振る。
いや、ここは譲れないの!
私の計画を邪魔するのだけはダメよ!シーネちゃんっ!
「いや、良いの。私……お洗濯大好きだ・か・ら」
ガシッとシーネちゃんの肩を握る。
強く握り過ぎて、服にシワが寄った。
ヤベッ、心の距離が少し……
いや、ちょっぴり近づいたのに、
こっちからびゅびゅーんと突き放してしまった。
……まあ、仕方あるまい。
震える子ヤギちゃんとも今日でお別れだから。
シワが寄った肩口をポンポンと撫でてやる。
「じゃ、そういうことだから。貴女は引き続き、《《中を》》頼むわね」
片手を軽くヒラヒラさせて、私は去った。
スキップしたくなる衝動を抑え、穏やかにそしてお淑やかにその場を後にした。
✣✣✣✣
スタスタと私はある場所に向けて歩いてます。
お風呂に行った時にチラッと見えたアレを取りに。
色味のない廊下をひたすら進む。
私の靴のカツカツという音だけ。
物がないから余計に反響する。
窓から外を見渡すが、声もなければ人の影さえ見えやしない。
まだ、陽は高い。
これはこれで怖いって……。
ゾクッと背筋が震えた。
私は肩を抱きながら、
この先にある角を曲がった。
角の先には
シーネちゃんたちの居住スペース。
お風呂に辿り着けずに彷徨ってたら、
その時、偶然に目にしたの。
何をって?
それは─────
これよコレ。
カゴの中に入れてあった服を手に取った。
私はメイド服をゲットした!
アイテムを手に入れたことだし、
さて、装備しますか……
へ?
なんで、そんなことをって?
だって、このまま脱獄したら……
視線を下ろす。
ザ・ロード オブ ザ ロイヤル。
私は王女よっ!というドレスをシーネちゃんに着せられました。
こんなの王宮内を歩いてたら、かなり、悪目立ちよ。
あと許せないのが、お色味が……
……やっぱり、聞かないで。
なので、木を隠すなら森の中!
王宮には侍女がたくさんいるはず、
私もそれに紛れちゃおうぜっ作戦よ!
…………。
で、これ?
どう脱ぐの……?
私の頭に?がいくつも浮かび上がりました。
まあ、何とかなるわ。
私には最強の相棒があるからね!
キラッと何かが、煌めいた。
─────ハサミちゃん!
今回も活躍してちょうだいね。
ハサミを握り、ヤツからの贈り物であろうドレスを斬り刻む。
ザクザクと心地良い音が耳に流れる。
擦れる生地と生地。
部屋に落ちるドレスの残骸。
いくらしたか知らないけど、知ったこっちゃない。
胸が傷む、かって?
いえ、全く。
ゲットしたメイド服に肌を通す。
ガラスに移る自分を見た。
「おかしなところはナシ。さあ、ここからが正念場よっ!」
腰にハサミを携えて。
私は駆け出した。
✣✣✣✣
裏から塔に出た。
生暖かい風が私の決意を応援するように背中を押す。
ここまで、上手く事が行き過ぎてる気がする。
だけど、ここで止まる私じゃないわ。
「逃げ切ってみせるわ……私の心臓と首を守るために!!」
あ、調子に乗って大きい声、出しちゃった。
しかも、天に突き上げた拳付き。
思わず、両手で口を覆う。
遠くの方でバカァバカァって鳴く鳥の声が聞こえたンですけど……
キョロキョロと周りを確認。
ふぅー。特に異常な……
ガチャカチャ。
突然の物音に、私は全速力で
裏に広がる林へ足を動かした。
「あれ……?王女様の声がしたような?」
窓を開け顔を出す、シーネちゃん。
この後、王宮中を騒がす大事件になるのをまだ知らないシーネちゃんであった。
✣✣✣✣
腰を曲げ、膝に両手を付いて
ゼェゼェ言ってるのは……私です。
汗が頬から顎へと伝い、地面へと落ちて行く。
少し、髪が乱れ顔に張り付いた。
もうね、心臓が飛び出ちゃうよってくらい
バクンバクン脈を打ってるの。
それと、足がね、笑っちゃってんの。
あの変な白い塔からここまで
300メートルくらいだよ?
エスティアさん、
ちょ、ちょっと、体力なさ過ぎぃ……
こんな体力でやっていけるのか?
脱獄が不安になってきた。
とりあえず、脱獄を決意したけど、
王宮の地理さえ分からない状況なんですわ。
窓から見た限り、この林の先は城壁。
城壁のどこかにあるはずなの。
穴が!
原作にも登場した穴。
そこから、私、脱獄します!
どこかは分からないから、
ひたすら城壁伝いに歩くしかないけどね。
さて、息も整ったことだし。
城壁目指して歩くぞッ!
と言ってたら……
穴、すぐに見つかりました。
(拍子抜け)
林を抜けて行った先に人ひとりが通り抜けられそうな穴を発見しました。
「よしっ!運は私に向いている!待ってろ、私のサードライフっ!」
ん?何か動いた?
「それは良かった」
「でしょ?これで、わた……へ?」
固まった私の首を無理やり、向けた。
蒼玉の瞳とこれまた整ったお顔が、目と鼻の先にありました。
サラッとした髪が私の額に掛かる。
互いの鼻先が触れ合った。
ギョエッツツツ────!!
白檀の甘い香りとその中にピリッとしたスパイスが合わさった複雑な香りが私の鼻腔を攻め立ててます。
うわー良い香り……
って、近い────!
何この人?!距離バグのひと?
近過ぎて不整脈でちゃったよ!
にしても、これまたべっぴんさんだな。オイっ!
一歩後ろへと下がった。
目の前の距離バグ良い香り兄サンは面白がるように口端がつり上がった。
なんか珍獣を見る目で私を見てる気がするのですが気のせいでしょうか?
この人、初対面のレディに対して
その態度はどうかと思いますよ?
無意識に睨んじゃった。
「へぇ。この俺にそんな目を向けるとはいい度胸だ。だが……」
ちょ、ちょ、ちょっと待って!
この先、壁なのよ。
逃げ場ないの!!
────ドンッ。
背中が壁に当たった。
逃がさないように、顔の横に手を突いた。
服の擦れる音が、やけに耳に残る。
空いていた指先が、輪郭を焦らすように
……撫でた。
腰が、思わず浮く。
……顎を、クイと掴んだ。
無理やり目が合わされる。
逸らすのが癪で蒼玉の瞳から目を睨めつけた。
そんな私の顔を見て
片眉を上げ、満足そうにフッと笑った。
「……そそるな。ほんと、その目」
吐息が当たる。
鼓動が鎮まらない。
近過ぎて相手に聞こえそうで嫌だ。
私は無我夢中で全力で押し退けた。
ハァハァと息を吐きながら、射殺すような目で男を見た。
「おお、怖っ。でも、────嫌じゃない」
ゾワゾワっと全身の毛が逆立つのを感じた。
お母さん……
また変ないい匂い兄サンが出て来たよ……
サードライフ行く前に、私、どうなるの──?!




