ハイスペック紳士と見せかけた脳筋の苦悩
「アルフレッド様、また剣術の稽古を?今は経営学の勉強の時間では?家庭教師の方が探しておいででしたよ」
無心で剣振りをしていたアルフレッドは執事の声かけに、ギクリと動きをとめる。
「…ごめん。すっかり夢中になって時間を忘れていた。すぐに準備して向かうと先生に伝えておいてくれるかい?」
アルフレッドがそう言うと、執事はコクリと頷き演習場から去っていった。
昔から身体を動かす事が好きなアルフレッドの為に父が作ってくれた小さな演習場は、アルフレッドの鍛錬の場であり憩いの場でもあった。
何か思い悩む事があればここで一心不乱に鍛錬に励む。
そうすると、流れる汗と一緒に悩み事も心の中から流れていく様な気がしていた。
アメリア・レクリア伯爵令嬢を見かけたのは、多くのレディがデビュタントとして参加する夜会だった。
以前から友人たちからレクリア伯爵令嬢は伯爵夫人譲りの美しい令嬢だと聞いていた。
伯爵夫人は若かりし頃、社交界の白薔薇、と呼ばれる可憐さで有名であり、その美しさは今なお衰えることはないと評判の気品ある御婦人だ。
その娘であるアメリア嬢も、なるほど噂に違わぬ美しさだと思った。
だが、アルフレッドが彼女を気にかけたのはその美しさではなかった。
年頃のレディ達にとって夜会とは、良き伴侶と出会うための縁結びの場である事が多い。
特にデビュタントという1番人々に注目され自分を売り込みやすい場では尚のこと。
アルフレッドは公爵家の後継であり、容姿も良いらしく、女性に囲まれやすい。
もちろん結婚相手という観点で見れば諸々の条件がある為、アピールというよりは「私の顔と名前覚えて良ければ検討してください」程度の挨拶を交わす程度ではあるが。
そんな中アメリアは、誰と交流するわけでもなく紳士に話しかけられても笑顔でスルリと躱しながら、とある一帯へと向かっていた。
夜会という社交の場にある、一種の休憩の場、イートインスペースである。
そこで彼女は「うむむ…」と言ったような様子でテーブルに並ぶスイーツを悩ましげに見つめ、何かを決心したようにお皿を取ると、並んだスイーツを全種類お皿に載せようと奮闘していた。
やがて、一気に全種類載せるのではなく少しずつ載せて食べればいいと気づいたのか、限界までスイーツの載ったお皿を両手で慎重に運び、座る席を探す様にキョロキョロしていた。
そして、今日は立食であると気づいた様にハッとして、「乗せすぎて片手でお皿持って食べるの無理そう…」といった表情をしていた。
後ろから、自身の母である伯爵夫人がにこやかに微笑んで近づいてきているとも知らずに…(気品溢れる白薔薇の様な伯爵夫人の後ろに鬼神の覇気を感じたのはアルフレッドの勘違いだと思うことにした)
あまり貴族令嬢として褒められた行動ではないのだろうが、何故かアルフレッドはそんなアメリアの行動から目を離せなかった。
不足している能力、自分より優秀な弟。
約束された将来と、なりたい自分。
動き出す勇気がなくて父の決めてくれたレールを走るだけの自分には、人目を気にせず振る舞っているアメリアが輝いて見えたのだ。
そんなアメリアを眩しそうに見つめる息子を見て、父である公爵がレクリア伯爵家に婚約の打診をしたと聞いた時は驚いたが…心は浮足立っていた。
アメリア嬢なら、見た目に反して公爵子息として能力の劣る自分も受け入れてくれるかもしれない、と期待したからだ。
その期待に反して、返ってきた返信は、否、であった。
これにはまさか断られるとは思っていなかった父も驚いていたが、母が「レクリア伯爵はアメリア嬢を溺愛していて、手放したくないと夫人から聞いたことがあるわ…」と話してたので、まだ5歳になったばかりの末娘を溺愛している父も納得していた。
しかしながら貴族社会のお決まりというべきか、1度は顔合わせをしてから、という流れがある為アルフレッドはアメリア嬢とお見合いするべく、レクリア伯爵邸を訪れた。
「この度は、カークランド様より過分なお話を頂きありがとうございました。既にお聞きかと思いますが、この度は御縁がなかったことにさせて頂きたく…」
そうやって、早々に顔合わせを終わらせようとするアメリア嬢の目線は、目の前のスイーツに釘付けであった。
その後少し話をすれば、彼女は「生粋の怠け者」であると告白し、公爵家という重圧が嫌だと言った。
公爵家という高位貴族は恵まれた地位であり、それを重荷に思うなんて間違っている。
と、思い込もうとしていた。
でも、アメリア嬢はとても簡単に「嫌だ」と言ってのけた。
その瞬間、自分のなかで想いが弾けたようだった。
気づけば、その想いを口に出し、そのままプロポーズのような事まで言ってしまった。
しまった!騎士など、伯爵令嬢が嫁ぐには余りに地位が低いではないか!完全に断られる!
と思ったのも束の間。
アメリア嬢は、可憐に頬を染め、コクリと頷いてくれたのだ。
経営学の勉強の後で、父と話す機会を設けてもらっている。
そこでアルフレッドは後継を弟に譲り騎士団の入団試験を受けたいと伝えるつもりだ。
殴られる覚悟でその旨を伝えると、父はしばらく黙り込んでいたが、うむ、と何かを決心したように顔を上げ、微笑んだ。
「公爵として、ここは怒るべきかもしれない。だが父として、お前の決断を誇りに思うよ。お前の気質は騎士向きだと分かっていたからな。だが険しい道のりだ。公爵子息としてぬるま湯で生きてきたお前には簡単じゃないだろうと、黙って見守ることにしていたんだ。よく決心したな」
「アメリア嬢と話して…自分らしく生きたいと思ったのです」
「ふむ、流れる予定の縁談だったが…1度伯爵と話をする必要がありそうだな」
「騎士として立身した後、婚約を申し込みたいとアメリア嬢には伝えましたが…」
「馬鹿者…お互いが了承済みでも、相手は伯爵令嬢だ。何の確約もなく何年も待てるわけなかろうが…その間に伯爵が良縁を持ってきて纏める可能性が高いだろう」
「あっ…」
「やはり、お前には公爵家当主は重荷だな」
父のため息にアルフレッドは苦笑いで頭を下げるしかなかった。




