【2】『そこにいてくれる』 — 止まっていた時間シリーズ —
今日は、父と食事の約束をしている。
昔から、誰かと待ち合わせをすると、待ち合わせより1時間早く着いてしまう。
早く着くほど、待ち人が来た時の嬉しさをより強く感じられる。
遊園地で、ジェットコースターの順番を待っているみたいに。
ちょっとそわそわしながら、早く会いたいな。という感じ。
ある日、友達と待ち合わせをして、寝坊した友達を2時間以上待っていたこともある。
「遅れてごめんね。連絡してくれればよかったのに。」
「いいよ。無事に着いてよかった。」
さすがにあと1時間遅れていたら、友人の安否を心配していただろう。
今は父との待ち合わせ場所の、喫茶店に向かっている。
喫茶店が見えてきた時、時間を確認してみる。
50分前、まだ時間に余裕がある。
今日は大丈夫……。
少しドキドキしながら足を進める。
待ち合わせの喫茶店に入ると、父はもうそこにいた。
あぁ……まただ。
父の前に置かれているアイスコーヒーは、もうグラスの氷は動かない。
はぁ……ため息をついた後、レジでリンゴジュースを注文する。
トレーを持って父に近づくと、父が私の気配に気づき、顔を上げる。
「おぉ、才華か、早いなぁ。」
「早いのはパパでしょ。」
トレーをテーブルに置いて、父の前の席に座る。
少し頬を膨らませたあと、リンゴジュースを一口。
「パパはアイスコーヒーを飲みながら本読むのが、好きなんだよ。」
「そうだね。」
「今日は結構早く着いたから、勝ったと思ってたのにな。」
「無理無理、パパ2時間前には着いたから。」
「じゃあ、パパの至福の時を邪魔しちゃったかな。」
「まぁねぇ〜。」
父が読んでいた本についている、しおり代わりのヒモを挟んで閉じる。
最後の一口。アイスコーヒーのグラスを、音を立てて飲み干す。
ふふっ、喫茶店に似合わない音を立てている父が可笑しい。
「才華が飲み終わったら、行こうか。」
「うん。お冷、もらってこようか。」
「いやもう、お腹タポタポだよ。」
「そっか。」
父の声に、抱きしめられているような、あたたさ。
カランッ。アイスコーヒーの溶けかけた氷が、音を立てる。
おかわりして、待っててくれてたのかな。
私は待ち人を待っている時間は好き。
でも、パパとの待ち合わせの時は少し違う。
父を試すような気持ちで、待ち合わせに臨むのだ。
そしていつも、ホッとする。
待ち合わせより早く着いている、パパを見つけた時に。
次に会う時は、1時間早く待ち合わせ場所に行ってみよう。
きっとまた、少し眉間に皺を寄せ、本を読みながら足を組んで、
アイスコーヒーを飲んでいるパパが、
——そこにいてくれるから。
〜 エピローグ 〜
「今日は、しゃぶしゃぶでも食べにいくか。」
「ふーん、いいよ。」
「パパって、しゃぶしゃぶ好きなの?
うちでは、あんまり食べることなかったね。」
「しゃぶしゃぶってさぁ、みんなで一つの鍋なのに、つゆ2種類にして、
つけだれには、ごまだれ、ポン酢。たくさん種類あるじゃん。」
「あぁ、そうだね。」
「そこがいいんだよなぁ。
あんまりしゃぶしゃぶ食べたくなくてもさぁ、いろんな味があると思えば、
なぁんか気が進まない。っていう気持ちが、
ちょっと薄れるんだよ。不思議と。」
「そうかもしれないね。私も今、あんまりしゃぶしゃぶ気が進まないけど。
いいかもしれないって思った!」
「気が進まないのかよぉ〜。」
「ははは、嘘だよん。」
——パパは、みんなで食べる鍋が、好きだったんだね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
少し、物足りなさを感じられるかもしれませんね。
それでもこの二人にとって、限られた時間であり、
すぐに通り過ぎていってしまう時間。
その時間の中で、父の好きなものを、1つ知ることができた。
それだけで、才華は小さな幸福に出会えるのです。




