竜姫に拾われた俺、なぜか毎晩プロポーズされている件
ある日、トラックにはねられた俺。
気がつくと、俺は空を飛んでいた。
いや、正確には――落ちていた。
雲の上からだ。
風が耳を裂き、視界は真っ白に霞む。
下に見えるのは緑の大地……そして口を開けて待ち構える巨大なドラゴン。
「うわああああああっ!!!」
俺は本能的に叫び――その瞬間、ドラゴンの口が止まった。
いや、止まったどころか、ぱちぱちと瞬きをしてから、
――女の子に変わった。
透き通る銀髪、紅玉の瞳。背中に小さな竜の翼を生やし、白いドレスをまとった美少女。
年齢は……俺より少し下か? 18くらいだろう。
彼女は口元に手を当て、まるで宝石を見つけた子どものように微笑んだ。
「……やっと見つけた。わたしの、運命のひと」
――おっと、これは展開が速すぎるぞ。
◆◇◆◇
その後の記憶はあまりない。
気づいたら、ふかふかのベッドに寝かされていた。
天蓋つきベッドなんて生まれて初めてだ。
「お目覚めですか、旦那さま」
「……だ、旦那さま!?」
振り向くと、さっきの銀髪の少女が椅子に腰掛け、嬉しそうにこちらを見ていた。
彼女の名前はリュシエラ。竜族の姫だという。
曰く、俺は「魂の色」が彼女の理想と完全に一致しているらしい。
竜族の間ではそれが唯一無二の伴侶の証とされるのだとか。
「ちょっと待ってくれ! 俺は人間だぞ!?」
「問題ありません。人間でも竜でも、魂は魂です」
そう言って、彼女は恥ずかしそうに両手を胸に当て――
「だから……結婚してください」
……あまりにも直球すぎる。
俺は当然、すぐに帰るつもりだった。
だが、リュシエラは俺を城から一歩も出してくれない。
理由は「危険だから」。
竜族領は人間にとって魔物だらけの地獄らしい。
……まあ、理屈はわかるが、毎晩ベッドの横でプロポーズされる生活は心臓に悪い。
「今日こそ返事を……」
「何回目だよ」
「127回目です」
「数えてたのか……」
彼女はたまに尻尾で俺を囲い込んでくるが、これはやめてほしい。
逃げ場がなくなる。物理的に。
◆◇◆◇
そんなある日、人間領からの使者がやってきた。
「竜姫が人間をさらった」という噂が広まっているらしい。
やってきたのは騎士団長と、その妹の女騎士。
妹の方は俺を見るなり叫んだ。
「やっぱり! 行方不明になってたカズマじゃない!」
どうやら俺は、この世界ではカズマという人間らしい。
騎士団長は言った。
「人間を返してもらおう、竜姫殿」
リュシエラは静かに立ち上がり、俺の前に立つ。
「この人はわたしの伴侶です。返す理由はありません」
そう言って炎で騎士たちを追い払った。
なにこの守られてる感……悪くない。
◆◇◆◇
その夜、リュシエラはいつになく弱い声で尋ねてきた。
「……カズマは、人間領に帰りたいですか?」
俺は答えに詰まった。
帰れば元の世界に戻れるかもしれない。
だが、リュシエラがまっすぐな目で言い放つ。
「わたしは、カズマと一緒にいたい」
「……でも、お前は竜族の姫だろ。俺と一緒にいたら――」
「わたしが全部守ります」
その言葉は、剣よりも鋭く、盾よりも強かった。
◆◇◆◇
翌日、人間領と竜族の間で小競り合いが始まった。
俺は竜の姿になったリュシエラの背中に乗り、空を駆ける。
風が頬を打ち、下では騎士たちと魔物がぶつかり合っている。
俺は叫んだ。
「やめろ! 戦う理由なんてない!」
すると、騎士団長が剣を構えて突っ込んでくる。
リュシエラは俺を庇い、その翼に剣が突き立った。
「リュシエラ!!」
血が舞う中、彼女は微笑んだ。
「……カズマが泣く顔は、見たくない」
俺は気づいた。
――この子を失いたくない。
俺は騎士団長に向かって叫んだ。
「俺はリュシエラと一緒に生きる! 人間領にも、竜族領にも縛られない!」
その宣言に、一瞬で戦場が静まり返った。
そして……騎士団長が剣を下ろした。
「……好きにしろ」
リュシエラは涙を流しながら、俺に抱きついた。
「じゃあ……あらためて。結婚してください」
俺は笑って答えた。
「ああ。もちろん」
◆◇◆◇
こうして俺は、竜姫の伴侶として生きることになった。
まだまだ人間領との交渉や、竜族のしきたり、魔物退治とやることは山ほどある。
忙しいのは昼だけではない。
今夜も——
「旦那さま……」
「ああ」
顔を真っ赤にする彼女に俺は手を伸ばし、そっと唇を重ねた。