第9話 虹色スライムは甘いものが好き? ~ポンコツ勇者、育児スキルに目覚める(仮)~
ポヨンちゃん――もとい、ニジカが仲間に加わってから数日。クリスタリアへの旅路は、良くも悪くも賑やかさを増していた。
毎朝、俺――ユートが目を覚ますのは、顔の上でポヨンちゃんが「ユートお兄ちゃん、あーそーぼー!」とピョンピョン跳ねている(文字通りスライムのように弾んでいる)せいだ。ひんやりプニプニした感触は悪くないが、いかんせん重い(見た目よりずっと質量がある気がする)。
「勇者様、本日のご予定ですが、まず朝食を摂り、その後は街道を東へ…ポヨンちゃん、石ころは食べられませんよ!」
リリアナさんが地図を広げながら説明している最中も、ポヨンちゃんは足元の小石や木の葉を興味津々に見つめ、時折パクっと口に入れようとしてはリリアナさんに優しく窘められている。その光景は微笑ましいが、俺の気苦労は絶えない。
「(この子の世話、完全に俺とリリアナさんで分担してるよな…バルガスは完全に遊び相手だし…俺、いつから育児担当になったんだ?)」
『マスターの育児スキル向上は、サバイバル能力の一環として評価できる。なお、スライム型生命体の幼体の詳細な生態データは学術的にも極めて希少価値が高い。S.A.G.E.としても、この観察機会は歓迎すべき事態だ』
脳内AIのS.A.G.E.は、どこか楽しそうだ。こいつ、絶対俺の苦労をエンタメとして消費してるだろ。
街道を歩いていると、ポヨンちゃんが「つかれたー、だっこー」とユートにせがんできた。仕方なく抱き上げると、ひんやりとしていて気持ちいいのだが、時折カメレオンのように体色を周囲の景色に溶け込ませて消えかかったり(本人はかくれんぼのつもりらしい)、転んですりむいた膝小僧が、次の休憩までには跡形もなく治っていたりと、その不思議な生態は枚挙に暇がない。バルガスが遊びで投げた木の実を、口をパックマンのように大きく開けて(明らかに人間の顎の可動域を超えて)丸呑みしようとした時は、さすがに肝を冷やした。
数日後、一行は補給のため、街道沿いにある「ハニーデュー村」という小さな村に立ち寄った。蜂蜜と果物が名産らしい、のどかな村だ。
村人たちは、ポヨンちゃんを見ると「おお、可愛らしいお嬢ちゃんだねぇ」「旅のかたかね?」と温かく迎え入れてくれた。
宿屋兼酒場の主人にクリスタリアへの道のりを尋ねると、有益な情報と共にこんな噂話も聞かせてくれた。
「魔法都市クリスタリアねぇ…そりゃあ見事なもんだが、ちと変わり者が多いとも聞くぜ。最近じゃあ、なんでも『古代文明の遺物』だとか言って、ガラクタみてぇな機械を集めてる若い研究者がいるとかいないとか…実用的な魔法より、そんな古臭いもんに夢中なんだとさ」
「(変な研究者…ねぇ。十中八九、次の厄介事のフラグか、あるいは仲間候補だな、この流れだと…)」
俺の予感は、大抵悪い方によく当たる。
村の広場で一休みしていると、子供たちが数人で集まって何やら困っている様子だった。大事なガラス玉が、広場の隅にある深い側溝に落ちてしまい、誰の手も届かないらしい。
「よし、俺が一発で!」とバルガスが側溝に腕を突っ込もうとするが、その巨腕では入口でつっかえてしまう。
すると、それまでお菓子を頬張っていたポヨンちゃんが、「わたし、とるー!」と元気よく手を挙げた。
そして、次の瞬間。ポヨンちゃんの細い腕が、まるで粘土細工のようにスルスルと細く長く伸び、いとも簡単に側溝の底にあったガラス玉を掴み上げたのだ!
「「「おおおおーっ!!」」」
子供たちはもちろん、周囲で見ていた村人たちからも大きな歓声が上がる。
「す、すごい! なんて器用な子なんだ!」
「まるで魔法使いのお姫様みたいだねぇ!」
リリアナさんも「ポヨンちゃん、素晴らしいですわ! 人助けができて偉いです!」と頭を撫で、バルガスも「へっ! やるじゃねえか、チビすけ!」とニヤリと笑った。
俺はといえば、「(やっぱりこいつ、普通の人間じゃない…! 腕が伸びる幼女とか、ホラーでしかないだろ…! そして俺の胃がまたシクシクと…)」と、一人だけ違う意味でドキドキしていた。
『対象ニジカ、身体変形能力(限定的伸長)を実戦使用。スライムとしての特性がより顕著に現れている。変形パターン、伸長限界などを詳細に記録中…マスター、可能であれば対象にもっと色々なポーズを取らせてみてくれ。貴重なデータ収集のチャンスだ』
(無茶言うな!俺はただのポンコツ勇者であって、スライム調教師じゃない!)
村人たちに感謝され、名物の蜂蜜がたっぷりかかったパンケーキなどを振る舞われた後(ポヨンちゃん大喜び)、俺たちは再びクリスタリアを目指して出発した。ポヨンちゃんは、村の子供たちにもらった手作りの花の冠を嬉しそうにつけ、鼻歌まじりだ。少しだけ、この旅も悪くないかもしれない、なんて思ってしまった俺は、きっと疲れているのだろう。
だが、そんな和やかな雰囲気も長くは続かなかった。
日が暮れかかり、薄暗い森道に差し掛かったところで、道の両脇から物騒な雄叫びと共に、見るからに悪人面の男たちが飛び出してきた。その数、5、6人。手には錆びた剣や棍棒を持っている。盗賊だ。
「ヒャッハー! 待ってたぜ、カモども! 金目のものと、そこの別嬪さんとチビっ子は置いていってもらおうか!」
盗賊のリーダーらしき男が、下卑た笑みを浮かべて言い放つ。
「てめえらみてぇなコソ泥にくれてやるもんは何もねえ! まとめて薪にでもしてやるぜ!」
バルガスが斧を構え、戦闘態勢に入る。
「勇者様、ポヨンちゃん、わたくしの後ろへ!」
リリアナさんも剣を抜き、俺とポヨンちゃんを庇うように立つ。
ポヨンちゃんは、初めて向けられる剥き出しの悪意に怯えたのか、俺の足にしがみついてブルブルと震え始めた。その瞬間、彼女の体から、まるで内側から発光するかのように、淡い虹色の光が漏れ始めた。
「(おいおい、なんかヤバそうなオーラ出てるぞ!? まさか暴走とかしないよな!?)」
俺の胃痛は、もはや限界突破寸前だった。
次回、ポヨンちゃん覚醒!? それともただのパニックか!? ポンコツ勇者一行の運命やいかに!