第8話 泣き虫幼女はスライムの夢を見るか? ~ポヨポヨ勇者と虹色の約束~
「気のせい…だよな、うん。こんな街道沿いの森に子供が一人でいるわけないし」 俺――ユートは、先ほど一瞬だけ垣間見えた小さな女の子の姿を頭から振り払おうとした。関わると碌なことにならない、俺のポンコツセンサーがそう告げている。
「どうかなさいましたか、勇者様?お顔の色が優れませんが」 リリアナさんが心配そうに声をかけてくる。 「いや、なんでもないです。ちょっと昨日の夜の疲れが…ハハハ」 乾いた笑いで誤魔化し、先を急ごうとした、その時だった。 「う…うぇ……ひっく…」 道の少し先、大きな木の根元に、小さな女の子が座り込んでしくしくと泣いている姿があった。淡い水色の髪、小さな肩が小刻みに震えている。さっき見かけた子だ、間違いない。
「まあ! 大丈夫ですか!?」 リリアナさんが真っ先に駆け寄り、その子の前に屈み込んだ。 女の子は涙で濡れた顔を上げ、大きな瞳で俺たちを見つめた。歳は8歳か、10歳くらいだろうか。その姿は、いかにも保護欲をそそる、儚げな美少女だった。
(やっぱりいた…しかも号泣してるし…ああもう、超絶面倒くさいフラグがビンビンに立ってるじゃないか…!) 俺が頭を抱えていると、脳内AIのS.A.G.E.が冷静な分析を始める。 『対象:ヒューマノイド幼体(女)。年齢推定8~10歳。バイタルサインは概ね正常だが、強い精神的ストレス反応を検知。特記事項:極微弱ながら、昨夜観測した「レインボースライム(仮称)」と類似する特殊なエネルギーパターンを観測。現在、詳細解析中…』 (やっぱりこいつも普通じゃないのかよ!?)
「わ、わたし…ひっく…大切な…キラキラしたの…なくしちゃったの…うぇぇん」 女の子はしゃくりあげながら、途切れ途切れにそう訴えた。彼女が言うには、それは「まんまるで、虹みたいにキラキラしてて、触るとちょっとだけプニプニする、宝物」らしい。
「(虹色でプニプニ…まんまる…まさか、昨日の夜に見た、あの虹色スライムが落としていった粘液の塊とか、そういうやつか!?)」 俺の脳裏に、昨夜の出来事が鮮明に蘇る。
「それは大変ですわ! きっとすぐに見つかります! ね、勇者様!」 リリアナさんが、キラキラした期待の眼差しで俺に同意を求めてくる。 「おう! 俺たちに任せとけ、嬢ちゃん! そのキラキラってやつ、このバルガス様が必ず見つけ出してやるぜ!」 バルガスは力こぶを作って、すっかりやる気満々だ。 俺はと言えば、「(俺は一刻も早くクリスタリアとやらに着いて、情報収集して、元の世界に帰る方法を探したいんだけど…でも、こんな小さい子が泣いてるのを見捨てるのも…ああもう、どうすりゃいいんだよ!)」と内心で激しく葛藤していた。
結局、リリアナさんとバルガスの勢いに押し切られる形で、俺たちは女の子――ニジカと名乗った――の大切な「キラキラ」探しを手伝う羽目になった。 ニジカの案内で森の中へと分け入っていく。 「あっちの方で、ピョンピョン跳ねて遊んでたら、ポロッて落としちゃったの…」 ニジカが指さす先は、昨夜俺が虹色スライムを目撃したあたりに近い。
森の中をしばらく探していると、ニジカがふと高い木の枝にぶら下がっている赤い木の実を見つけ、「あ!」と声を上げた。 「あれ、美味しそう…でも、届かない…」 ションボリするニジカ。バルガスが「よっしゃ、俺が取ってやるぜ!」と木に登ろうとした瞬間、信じられない光景が目の前で繰り広げられた。 ニジカが「うーん!」と手を伸ばすと、彼女の細い腕が、まるでゴムかスライムのように、びよーーーーーんと不自然なほど長く伸び、しなやかに枝先の木の実を掴み取ったのだ!
「(い、今の…腕が伸びた!? 間違いない、こいつ、やっぱりただの子どもじゃないぞ!)」 俺が驚愕に目を見開いている横で、リリアナさんは「まあ、ニジカちゃんは身軽ですのね!」と感心し、バルガスは「おお!嬢ちゃん、手が長えな!猿みてえだ!ガハハ!」と、どこかズレた感想を述べている。こいつら、絶対気づいてないだろ!
『エネルギーパターン、昨夜観測した「レインボースライム(仮称)」と98.72%一致。対象はスライム型生命体の高度な擬態である可能性が極めて濃厚。擬態能力、身体的伸縮性…フム、実に興味深いサンプルだ。ぜひ捕獲して詳細に解析したいところだな』 S.A.G.E.の言葉に、俺は背筋がゾッとした。捕獲とか言うなよ、怖いから。
俺は、昨夜虹色の粘液が少量残っていた場所を思い出し、ニジカを連れてそちらへ向かった。 「ニジカちゃん、この辺りで落としたんじゃないか?」 「うん…そうかも…」 そして、俺が茂みの葉をかき分けると、そこには朝露に濡れてキラキラと輝く、ビー玉くらいの大きさの虹色の宝石のようなものが落ちていた。それは、どこか生きているかのように、微かに脈動しているように見えた。
「あったー! わたしのキラキラだー!」 ニジカは満面の笑みを浮かべると、その虹色の宝石を大事そうに拾い上げ、そして次の瞬間、俺に勢いよく抱きついてきた。 「うおっ…!」 子供らしい柔らかさの中に、どこかひんやりとして、それでいて弾力のある不思議な感触。やっぱりこいつ、スライムだ! 「ユートお兄ちゃん、ありがとう! これでお礼できる!」 ニジカはそう言うと、さっき取った赤い木の実を俺に差し出した。受け取ってかじってみると、甘酸っぱくて美味しく、なんだか少しだけ頭がスッキリした。(S.A.G.E.によれば、微量のMP回復効果があるらしい)
そして、ニジカはとんでもないことを言いだした。 「わたし、お兄ちゃんたちと一緒に行く! キラキラ見つけてくれたし、ユートお兄ちゃん、なんだかポヨポヨしてて一緒にいると落ち着くの!」 「ポヨポヨ!? 俺のことか!? っていうか、断固拒否する! 子供の世話とか無理だから!」 俺が全力で拒否すると、ニジカの大きな瞳がみるみるうちに潤み始め、今にも泣き出しそうだ。 「まあ、ユート様。ニジカちゃんもこんなに懐いてくださっていますし、この子を森に一人にしておくのはあまりにも危険ですわ。クリスタリアまでご一緒するのはどうでしょう?」 リリアナさんが慈母のような微笑みで提案する。 「おう! ちびっ子一人くらい増えたってどうってことねえ! 旅は賑やかな方が楽しいってもんだぜ!」 バルガスも完全にその気だ。
結局、ニジカの涙目ウルウル攻撃と、二人からの無言の圧力に屈し、俺はしぶしぶニジカの同行を認めることになった。 「ところで、ニジカ。君、もしかして…昨日の夜に俺が見た、あの虹色の…ポヨンちゃん、とかそんな感じだったりする?」 俺が何気なく、昨夜の虹色スライムの印象を口にすると、ニジカはパアッと顔を輝かせた。 「ポヨンちゃん! うん、それもいいかも! ユートお兄ちゃんが付けてくれた、わたしの新しい名前!」 なぜかその適当な呼び名をえらく気に入り、ニジカは嬉しそうに俺の手を握った。
『対象ニジカ、特定名称「ポヨンちゃん」に対し極めて肯定的な反応を確認。マスターへの親密度が35ポイント急上昇。マスターのネーミングセンスはさておき、対象の懐柔に成功した点は評価に値する』 S.A.G.E.の分析が、なんだか少しだけ嬉しそうだ。
こうして、俺のパーティには、自称・木こりの脳筋戦士バルガスに加え、見た目はいたいけな幼女、しかしその正体はおそらく高位のスライム(しかも虹色の特別製)であるニジカ――いや、ポヨンちゃんが新たに加わった。 リリアナさんはポヨンちゃんを甲斐甲斐しく世話し、バルガスはポヨンちゃんを肩車して森の中を駆け回り(ポヨンちゃん大喜び、俺ヒヤヒヤ)、俺はといえば、増え続ける胃薬の消費量と、ますますカオスになっていく旅路に頭を抱えるだけだった。
クリスタリアへの道は、賑やかさを増した(主にポヨンちゃんの発見のたびの歓声とバルガスの笑い声で)ものの、俺の精神的負担は増える一方だ。 (俺の平穏な異世界引きこもりライフは、一体どこへ行ってしまったんだ…) ポンコツ勇者の嘆きは、今日も元気に森の中へと木霊するのであった。