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第6話 旅立ちの朝はやっぱり騒動?! ~野宿の夜に光るアレ~


悪夢だった。ゴブリンとフォレストウルフと蜂の大群、そして何故か満面の笑みを浮かべた国王アルフォンス三世に「勇者殿、我が国の名物『無限追いかけっこ』じゃ!」と追いかけ回される夢だ。飛び起きた俺――ユートの額には、ぐっしょりと冷や汗が滲んでいた。

「うおっ!? 勇者様、大丈夫か?魘されてたみてぇだぜ?」 隣で豪快な大鼾をかいていたはずのバルガスが、いつの間にか目を覚まして俺の顔を覗き込んでいた。外はまだ薄暗い。 「いや…なんでもない…」 「そうか? まあ、疲れてるんだろうな! 今日から本格的な旅だ、しっかり朝飯食って元気出さねえとな!」 そう言って俺の背中をバシバシ叩くバルガス。痛い。そして、その向こうでは既にリリアナさんが剣の素振りをして汗を流している。このパーティ、朝からエネルギッシュすぎる。俺はまだ布団から出たくない。

『おはよう、マスター。昨夜の睡眠時間は4時間12分。深い眠りは18分。悪夢によるストレス値上昇を確認。本日の生存目標:日没まで五体満足で生き延びる。達成確率は昨日より若干だが上昇し、1.28%。喜ばしい限りだ』 脳内AIのS.A.G.E.が、いつものように人を食った挨拶をしてくる。1.28%って、誤差の範囲じゃないか。

結局、バルガスに叩き起こされ、リリアナさんに「勇者様、本日のご予定は…」とキラキラした目で見つめられ、俺は重い体を引きずって朝食の席についた。宿屋の女将さんが用意してくれた簡素だが温かいスープとパンが、少しだけ心に沁みた。

装備を整え(俺は相変わらず初期装備に近い軽装だ。だって動きやすいし、高い装備買ってもどうせすぐ壊しそうだし)、俺たち三人は王都の門を後にした。数人の民衆と、門番の兵士たちが「勇者様、お気をつけて!」「ご武運を!」と声をかけてくれる。昨日よりはだいぶマシだが、やはり気恥ずかしい。

「ここから東へ向かい、まずはメープル街道を抜けます。その後、グレイロック山脈の麓を迂回すれば、魔法都市クリスタリアはもうすぐですわ」 リリアナさんが地図を広げながら説明してくれる。その横顔は真剣そのものだ。 「山脈か! きっと強え魔獣とかいるんだろうなぁ! 腕が鳴るぜ!」 バルガスは棍棒(いつの間にかゴブリンから奪ったやつを愛用している)をブンブン振り回している。危ないからやめてほしい。

俺はといえば、 「(クリスタリアって、確かゲームだと中盤以降の都市だったよな…ってことは、道中の敵もそれなりに強くなるわけで…あー、もう帰りたい…)」 そんなネガティブなことしか考えられない。

街道は比較的整備されていたが、時折、道の脇に「スライム大量発生中! 噛みつき注意!」などという物騒な立て札が打ち捨てられているのが目についた。 「スライムだぁ? あんなプルプルしたやつ、踏んづけたらイチコロだろ! なにが噛みつき注意だ、歯もねえくせに!」 バルガスが立て札を蹴飛ばしながら豪語する。 「いえ、バルガス殿。スライムと侮ってはいけません。中には金属を溶かす程の強酸を体内に持つアシッドスライムや、魔法を吸収し無効化するマジックスライムも存在します。さらに高位のスライムロードともなれば、人語を解し、強力な魔法を操るとも…」 リリアナさんの博識な解説に、俺はゲームの知識を思い出す。 「(スライムロード…いたな、そんなの。ゲームじゃ中ボス格で、やたらと分裂して面倒くさかった記憶が…まさかそんなのが道端にゴロゴロいるわけじゃ…)」

昼食は、バルガスが森で仕留めてきた巨大な角付きウサギ(もはやウサギではない何かだ)の丸焼きだった。焚き火で豪快に炙られた肉は、意外にも美味かった。俺は肉を焦がさないように串を回す係に徹したが、それすらリリアナさんに「勇者様は火加減もお上手ですのね!」と褒められた。勘弁してほしい。

陽が傾き始めた頃、俺たちは街道から少し外れた森のそばで野営の準備を始めた。 火起こしは、リリアナさんが指先から小さな炎を出し、あっという間に済ませてくれた。魔法って便利だな。俺が買ったばかりの火打石は、一度も火花を散らすことなくお役御免となった。

夕食後、満天の星空の下、焚き火を囲む。都会では見られない無数の星々が、まるで宝石を散りばめたように夜空を埋め尽くしていた。綺麗だ。元の世界の、ネオンサインと排気ガスに汚れた空とは大違いだ。 ふと、少しだけ感傷的な気分になった俺に、S.A.G.E.が水を差す。 『感傷に浸るのも結構だが、この付近の森林地帯における夜間のモンスター出現率は、日中と比較して約32.5%上昇する。特に夜行性の大型肉食獣には注意が必要だ。ちなみに、マスターの夜間視力は平均以下と判定されている』

見張り番の順番は、バルガスが一番槍、次にリリアナさん、そして最後に俺…ということになった。「俺、夜更かしは得意だけど、寝ずの番とか絶対無理だからな! 寝ちゃうからな!」と全力でごねた結果、夜明け前のほんの短い時間だけ、という条件で妥協してもらった。

深夜。用を足したくなった俺は、ランタンを片手に、焚き火から少し離れた茂みへと向かった。周囲は静まり返り、虫の声と風の音だけが聞こえる。 事を済ませ、さて戻ろうかとした、その時だった。 月明かりが差し込む木々の隙間に、キラキラと淡い光を放つ、プルプルとした何かが動いたのを確かに見た。それは手のひらサイズで、普通の緑や青のスライムとは明らかに違う、まるで虹色のような不思議な輝きを放っていた。 「(な、なんだ今の…? 光るスライム…? 見間違いか…?)」 目を凝らしたが、それはすぐに木の影に隠れて見えなくなってしまった。

その直後。 ガサガサッ!! バキッ! 森の奥から、獣が荒々しく茂みをかき分ける大きな物音と、グルルル…という低い唸り声が響いてきた。明らかにヤバい音だ。

「ひぃっ!?」 俺は小さな悲鳴を上げ、慌てて焚き火の場所へ駆け戻った。 「どうした、勇者様!?」 「敵襲か!?」 俺のただならぬ様子に、仮眠を取っていたバルガスとリリアナさんが即座に飛び起き、それぞれの武器を構えた。

果たして、暗闇の向こうから現れるものは何なのか? そして、俺が先ほど目撃した謎の光るスライムの正体とは? ポンコツ勇者の眠れぬ夜は、どうやらまだまだ続きそうだった。胃が、またしくしくと痛み始めた。


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