表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/73

山の上の絶望的遭遇戦、そして街角の怪しい取引~ポンコツ勇者、胃薬代が高すぎて泣き、仲間は強敵に蹂躙され放題(じゃないことを祈る)~


龍の寝床山頂。

エルミナ、クルト、フレア、そして負傷したギンジの四人は、眼前に立ちはだかる圧倒的な存在感を放つ影――禍々しい赤い双眸を持つ敵のリーダーらしき男――に、身動き一つできずにいた。男の周囲には、黒装束の者たちが何十人も控え、山頂の巨大などら焼き(大山岩)の真上では、異次元へと繋がる黒紫色の『歪みの門』が、不気味な脈動と共にゆっくりとその口を開きつつあった。

「――招かれざる客には、相応の歓迎をせねばな」

地を這うような低い声が、ビリビリと空気を震わせる。男が一歩踏み出すたびに、まるで空間そのものが軋むようなプレッシャーが四人にのしかかる。

「くっ…!何という威圧感…!こいつ、ヴァルザスやキリシェとはレベルが違う…!」

エルミナが歯噛みし、杖を握る手に力が入る。ギンジは脂汗を流しながらも、短剣を構え直そうとするが、肩の傷がそれを許さない。

「おいおい…こりゃあ、とんでもねえ化け物のお出ましだぜ…」

フレアは恐怖で弓を構える手が震えていたが、エルミナの覚悟を決めた横顔を見て、自らを奮い立たせるように深呼吸した。

クルトだけは、あいかわらず目を爛々と輝かせている。

「おお…!この魔力波形!この存在感!まさしく『上位存在』の風格!これは記録せねば!僕の新型『全環境対応型・超感覚記録魔導オーブ(試作品・たまに術者のトラウマ映像を記録する)』の出番だ!」

そう言って懐から取り出したのは、案の定、怪しげな光を明滅させる水晶玉だった。

「クルト!今はそんな場合では…!」エルミナの制止も虚しく、男はゆっくりと口を開いた。

「我は『歪みの大祭司』ザルグザス。我が主の御名において、この地に『門』を開き、世界に真の変革をもたらす者なり」ザルグザスと名乗った男は、エルミナたちを見下ろしながら告げる。「お前たちのような矮小な存在が、我らが大業を邪魔立てすることは許さぬ」

次の瞬間、ザルグザスの背後に巨大な魔法陣が展開し、そこから漆黒の雷が無数に放たれた!

「まずいっ!」

エルミナは即座に防御障壁を展開し、フレアもクルトとギンジを庇うように前に出る。

「《風よ壁となれ!ウィンドウォール!》」

「《シールド!》」

漆黒の雷が障壁に次々と着弾し、轟音と共に激しい衝撃が襲う。エルミナの障壁は数発で砕け散り、フレアの風壁も悲鳴を上げる。

「ぐっ…うあああっ!」

フレアが吹き飛ばされ、ギンジもろとも地面を転がる。エルミナも膝をつき、クルトの記録オーブはあっけなくショートして黒焦げになっていた。

「ククク…虫けらどもが、多少は足掻くか。だが、無駄だ」

ザルグザスが、まるで玩具を弄ぶように、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

その頃、交易都市ミツバの片隅。

俺、ユートは、ポヨンちゃんとセシルと共に、謎の薬草採りの老人と対峙していた。

「して、お若いの。その『月影草』、確かにここにあるが…タダでお譲りするわけにはいかんのでな。それなりの『対価』を頂かねば」

老人はニヤリと笑い、背負っていた籠から、淡い光を放つ数本の薬草を取り出して見せた。間違いない、あれが月影草だ。セシルがゴクリと息を呑むのが分かった。

「た、対価っていくらですか…?あんまり高いと、その…」

俺の財布の中身は、村を出る時にもらった干し肉数日分と、なけなしの銅貨数枚。これで足りるだろうか。

「フム。金銭もよかろうが…お主のその『癒しのオーラ』、なかなか興味深い。もしよろしければ、わしが長年患っているこの腰痛を、そのオーラで癒してはくれまいか?そうすれば、月影草一本くらいなら、お安くしとこう」

「こ、腰痛治療ですか…?」

俺の『愛と癒しのラブリーピンクオーラ』は、確かに肩こり・腰痛緩和効果があるとS.A.G.E.は言っていた。しかし、見ず知らずの(しかも胡散臭い)老人に、あの神々しい(当社比)ピンクのオーラを衆目の前で披露しろと?それは罰ゲーム以外の何物でもない。

『S.A.G.E.より緊急連絡:マスター、エルミナ嬢たちのバイタル反応が急激に低下!ザルグザスと名乗る敵性存在の戦闘能力は予測値を大幅に上回り、現時点でのエルミナ隊の生還確率は12.5%まで低下!極めて危険な状況です!』

「(なっ…!おい、S.A.G.E.!それマジかよ!?)」

俺の顔から血の気が引く。エルミナたちが、そんなにヤバイ状況になっているなんて…!

くそっ、俺はこんなところで、腰痛治療の交渉なんかしてる場合じゃない!

「…じいさん、月影草、全部買う!言い値でいい!ただし、俺の『最高級の胃薬』も一緒に売ってくれ!それと、治療は後だ!今すぐ金で解決させてくれ!」

俺は懐からなけなしの銅貨を叩きつけんばかりの勢いで差し出そうとした。

老人は目を丸くする。

「ほう…?仲間が危機とでも見える。よかろう。だが、お主のその銅貨では、月影草の葉一枚も買えんぞ?」

「なっ…!そ、そんなに高いのかよ!?」

「当たり前じゃ。これは市場にはまず出回らん秘薬じゃからの。…しかし、お主のその仲間を想う心意気は買った。特別じゃ。月影草三本と、わし特製の『神仙丹しんせんたん』(あらゆる胃腸の不調をたちどころに癒すが、副作用として一時的に語尾が『~アル』になる)をセットで、お主のその『ピンクオーラ』による腰痛治療一回と、そこな嬢ちゃん(セシル)の『笑顔』でどうじゃ?」

「え…笑顔?」セシルがキョトンとする。

「うむ。わしは美しいもんが好きでな。子供の純粋な笑顔は何よりの良薬じゃ」

「(なんか、どんどん変な方向に…!)…分かった!その条件でいい!だから早く!」

一方、龍の寝床山頂。

「エルミナ!しっかり!」

フレアがエルミナを揺する。エルミナはザルグザスの一撃で気を失いかけていたが、フレアの声でかろうじて意識を取り戻す。

「ゲホッ…ギンジ、クルト…退却するわよ…!こいつは、今の私たちでは勝てない…!」

「しかし、お嬢ちゃん…どうやって…?」ギンジが苦悶の表情で言う。周囲はすでに黒装束の者たちに包囲されつつあった。

その時、クルトが何かを閃いたように叫んだ。

「そうだ!これだ!僕の最新発明『超高圧縮・空間歪曲型・緊急脱出ポッド(名称仮・試作品・着地点はランダムで海の底か火山の火口の可能性あり)!』これを使えばあるいは!」

クルトが取り出したのは、手のひらサイズの、これまた怪しげなカプセルだった。

「またそれかよクルト!今度はどこに飛ばされる気だ!」ギンジがツッコむ。

「ええい、ままよ!背に腹は代えられん!」エルミナが決断する。「クルト、起動して!」

「ま、待ってくれ!起動シーケンスに少々時間が…!」

ザルグザスが、その様子を冷ややかに見下ろし、再び右手を振り上げた。その掌に、先ほどの漆黒の雷を遥かに凌駕する、巨大な闇のエネルギーが凝縮されていく。

「逃がすと思うか?塵芥どもめ。我が主の御前に、その魂を捧げるがよい」

絶望的な光景だった。闇のエネルギーが、今まさに放たれようとしていた。

ミツバの街角。

俺は老人の言葉に従い、深呼吸して例のオーラを発動させようとした。

「(頼むぞ俺のポンコツスキル…!今は一刻を争うんだ…!エルミナたちが…!)」

だが、焦れば焦るほど、なぜか上手く力が入らない。ピンクのオーラがチラチラと明滅するだけで、安定してくれないのだ!

「うぐぐ…なんでこういう時に限って…!」

老人は腕を組み、興味深そうに俺を見ている。セシルとポヨンちゃんは、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

「ゆーとしゃま、だいじょぶ…?」

「…くそっ…!」

その時、S.A.G.E.から非情なアナウンスが響いた。

『S.A.G.E.より最終警告:エルミナ嬢たちのバイタル、臨界点に到達。これ以上の遅延は、全滅を意味します』

「(あああああもうどうすりゃいいんだよぉぉぉぉぉぉっ!!)」

俺がパニックになりかけた、まさにその瞬間。

セシルが、おずおずと俺の前に立ち、そして、ニパッと花が咲くように笑った。

「ゆーとさん…ありがとう。わたしのこと、助けてくれて。おかあさんの薬、探してくれて」

その笑顔は、本当に、一点の曇りもない、太陽のような笑顔だった。

その笑顔を見た瞬間、俺の心臓がドキリと高鳴り、そして、なぜか全身から力がみなぎってくるような感覚に包まれた。

「こ、これは…!?」

俺の身体から、今までにないほど強烈なピンク色の光が、まるで後光のように溢れ出したのだ!それはもはやオーラというより、ピンク色の炎のようだった!

老人が「おおっ!」と目を見開く。

「この輝き…!まさか、お主、『愛』の力で覚醒したとでもいうのか…!?」

「(なんかよく分からんが、出たぁぁぁぁぁ!)」

山の頂上。

ザルグザスの掌から、終末を告げるかのような闇の奔流が放たれようとした、その刹那。

クルトの持っていたカプセルが、突如として七色の閃光を放ち、周囲の空間をぐにゃりと歪ませた。

「なっ…空間転移かっ!?」ザルグザスが驚愕の声を上げる。

「いまだ、エルミナ!フレア!ギンジを掴んで!」

クルトが叫ぶ。エルミナとフレアは、最後の力を振り絞ってギンジを抱え、歪んだ空間の中心へと飛び込んだ。

七色の光が爆ぜ、次の瞬間には、エルミナたちの姿はそこから完全に消え失せていた。

残されたのは、呆然と立ち尽くすザルグザスと黒装束の部下たち、そして不気味に脈動を続ける『歪みの門』だけだった。

「…小賢しい真似を…。だが、いずれ分かるだろう。この世界から、逃れられる場所など無いということをな…」

ザルグザスの低い声が、虚しく山頂に響いた。

(ポンコツ勇者、少女の笑顔でまさかのパワーアップ(見た目だけ)!仲間たちは九死に一生を得るも、前途多難!そしてユートは無事胃薬を手に入れられるのか!?風雲急を告げる次回、胃袋だけは平和でいたい!)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ