第5話 王都凱旋は勘違いの上塗り?! ~報酬よりも休息をください~
ウィンドリアの森を抜け、ようやく王都の門が見えてきた頃には、俺――ユートの体力も精神力もレッドゾーンを振り切っていた。対照的に、姫騎士リリアナさんは凛とした立ち姿を崩さず、新入りの脳筋戦士バルガスに至っては「いやー、いい汗かいたぜ! 腹減ったなぁ!」とケロリとしたものだ。このパーティ、体力配分がおかしい。
「おお、勇者様ご一行のお帰りだ!」 「森の魔物を討伐なされたと聞いたぞ!」 「なんでも、凶暴な狼の群れを、歌か何かで手なずけたとか…」
城門をくぐると、衛兵や行き交う民衆からそんな囁きと好奇の視線が向けられる。いや、狼を手なずけたなんて一言も言ってないし、歌も歌ってない! 誰だよそんな尾ひれをつけたやつは!
『噂の伝播速度は、しばしば光の速さを超える。特に、面白おかしい尾ひれがついた噂は指数関数的に拡散する傾向にある。諦めろ、マスター』 脳内AIのS.A.G.E.が、いつものように無慈悲な解説をくれる。もうこいつの言うこといちいち気にしてたら身が持たない。
王宮へ戻ると、国王アルフォンス三世が謁見の間で待ち構えていた。その顔には、期待と興味がごちゃ混ぜになったような表情が浮かんでいる。
「勇者ユート様、リリアナ、そして…そちらの豪傑は?」 バルガスが胸を張って一歩前に出る。 「へへっ、俺ぁバルガス! 訳あって勇者様一行に加えてもらった! よろしくな、陛下!」 「うむ、頼もしい仲間が増えたようだな!」 国王の言葉に、リリアナさんが誇らしげに報告を始めた。 「陛下! ユート勇者様は、ウィンドリアの森のゴブリンどもを見事討伐されました! その戦術たるや、ゴブリンの攻撃を巧みに誘導し、蜂の巣を落下させて一網打尽に…!」 熱っぽく語るリリアナさん。それに負けじとバルガスも大声で続ける。 「そうだぜ、陛下! 勇者様のすげぇのは蜂だけじゃねえ! あの後出くわした森の狼どもをだなぁ、見たこともねぇ色とりどりの花をパァーッと咲かせてよ、あの獰猛な狼どもをメロメロの骨抜きにしちまったんだ! あんな不思議な術、俺ぁ生まれてこの方見たことねぇ!」
国王は目を丸くし、やがて「ほう…」と深く息を吐いた。 「蜂を操り、花で獣の戦意を奪うとは…異世界の勇者の戦術、まさに奇想天外。我々常人の理解を遥かに超えておるわ! その深謀遠慮、恐れ入る!」 「い、いえ、陛下! あれは本当に、その、偶然と申しますか…俺のスキルが勝手に暴走しただけでして…決して狙ってやったわけでは…」 俺の必死の弁明も、リリアナさんの「またまたご謙遜を! あれほどの精密な計算と大胆な発想、ユート様でなければ到底不可能ですわ!」というフォロー(という名の追い打ち)によってかき消される。 国王は満足げに頷いた。「うむ。真の強者ほど己の力を誇示せぬものよ。勇者殿のその謙虚さもまた、美徳と言えよう」 もうだめだ。何を言っても良いように解釈される。この国のトップは揃いも揃ってポジティブシンキングの塊らしい。
『マスターの意図とは裏腹に、ポンコツ勇者伝説は着実に積み上げられているな。実に愉快だ』 S.A.G.E.の言葉がグサリと刺さる。
「さて、勇者殿。今回の働き、誠に見事であった!」 国王はそう言うと、側近に合図し、金貨が詰まった革袋と、いくつかの薬瓶が入った小箱を俺の前に差し出させた。 「これは褒美の金貨100枚と、『初心者のためのポーションセット』だ。今後の旅の足しにするがよい」 金貨100枚! 思わずゴクリと喉が鳴る。これがあれば、しばらくは美味いものにありつけそうだ…って、いかんいかん、すっかり異世界に染まってきた。ポーションセットは…HP回復(小)とMP回復(微量)、毒消しが数本。まあ、ないよりはマシか。
「しかし勇者殿、今回のゴブリン討伐は、魔王打倒への長い道のりの、ほんの序章に過ぎぬ」 国王の目が、再び真剣な光を宿す。 「魔王ザルヴァークを討つには、さらなる力と、そして知恵ある仲間の助けが必要となるであろう。東の大陸にある魔法都市クリスタリアには、古の知識に精通した賢者が住まうと聞く。まずはそこを訪ね、賢者の助力を得るのが良かろう」
魔法都市クリスタリア…賢者…。なんだかFFみたいな展開になってきたな。 リリアナさんは目を輝かせている。「魔法都市クリスタリア! 賢者様のお知恵を拝借できれば、必ずや魔王討伐への道が開けましょう!」 バルガスも「魔法都市か! 強え魔法使いとか、珍しい武具とかありそうだな! ワクワクするぜ!」と、完全に遠足気分のようだ。 俺だけが「また新しい目的地…もう勘弁してください…」と心の中で項垂れていた。
謁見の後、俺たちは王宮が用意してくれた少し立派な宿屋の一室に通された。ようやく文明的なベッドにありつける…! 俺がベッドにダイブしようとした瞬間、バルガスが「まずは祝杯だ! 勝利と新しい仲間と、これからの冒険にカンパーイ!」と叫び、どこからか仕入れてきた酒と大量の料理をテーブルに並べ始めた。おい、その金はどこから出たんだ。まさか俺の報酬袋からじゃないだろうな!?
リリアナさんは、バルガスの宴会騒ぎを横目に、クリスタリアへの旅程や必要な物資について真剣にメモを取っている。このパーティ、温度差が激しすぎる。 とはいえ、目の前に並んだ肉料理やパンの香ばしい匂いには抗えず、俺も恐る恐るテーブルについた。久々のまともな食事だ。美味い…! ちょっとだけHPが回復した気がする。
『クリスタリアまでの推定所要日数、徒歩で約7日。道中の野盗及びモンスターとのエンカウント率45.8%。なお、バルガス氏の旺盛な食欲と酒量により、パーティの所持金の減少速度が当初の予測を1.8倍上回る見込みだ。食費破産に注意しろ』 S.A.G.E.の余計な忠告が、美味い食事の味を少しだけ苦くする。
宴もたけなわ(主にバルガスと、意外にも酒に強いリリアナさんが盛り上がっている)、俺は隅の椅子で、長旅と緊張と気疲れでうとうとし始めていた。 夢うつつに聞こえてくるのは、リリアナさんの「ユート様ならきっと、クリスタリアの賢者様をもお味方につけられるはずですわ…」という、どこまでも前向きな期待の声と、バルガスの「いやー、勇者様と一緒なら退屈しねぇ! 次はどんな面白い術を見せてくれるんだ! ガハハ!」という、悪意のない大声。
(頼むから…俺抜きで盛り上がってくれよ…そして誰か、俺に安眠をください…)
ポンコツ勇者の受難は、まだまだ始まったばかり。魔法都市クリスタリアでは、一体どんな勘違いとトラブルが彼を待ち受けているのだろうか? そして、ユートの胃は、果たしてそこまで持つのであろうか…?