黒き魔神と蟲惑の刃 ~ポンコツ勇者、まさかのナポリタンで反撃?!~
龍の寝床山頂での激闘!ポンコツ勇者ユートとその仲間たちは、この絶望的な状況をどう切り抜けるのでしょうか!?
「ククク…よくぞここまで辿り着いたな、矮小なる世界の虫ケラどもよ。だが、この聖なる『歪みの祭壇』に触れることは、我らが『主』の許しなくして、誰にも許されぬ」
龍の寝床山頂、黒い瘴気が渦巻く中で、魔神族を彷彿とさせる屈強な戦士――ヴァルザスが、その手に持つ漆黒の魔剣を構え、地の底から響くような声で威嚇する。その隣には、昆虫のような鋭利な甲殻に身を包み、背中から四本のカマキリの刃のような腕を生やした異形の暗殺者――キリシェが、無言のまま冷酷な殺気を放っていた。その二対の複眼が、俺たち偵察隊四人を、まるで獲物を品定めするかのように捉えている。
「皆さん、相手はこれまでの魔獣とは格が違います!おそらく、あの『七つの影』の幹部クラス、あるいはそれ以上の実力者…!連携を密に!」
エルミナが杖を構え、緊張した面持ちで指示を出す。その額には、既に玉のような汗が浮かんでいた。黒い瘴気は、ただそこにいるだけで体力を奪い、精神を蝕むようだ。
戦端は、キリシェによって切られた。
シュンッ!という残像を残すほどの超高速移動。次の瞬間には、キリシェはリリアナさんの背後に回り込み、その四本の刃で斬りかかっていた!
「リリアナ殿、後ろです!」
ギンジが鋭く叫び、投擲した短剣がキリシェの刃の一本を辛うじて弾く。しかし、残りの三本の刃はリリアナさんの鎧を切り裂き、浅くない傷を負わせた。
「くっ…!速すぎる…!」
リリアナさんが苦悶の声を上げ、体勢を崩す。
「嬢ちゃんにちょっかい出すんじゃねえ!」
バルガスが(この場にはいないが、心は共に戦っているのだろう)乗り移ったかのような雄叫びを上げ、ギンジがヴァルザスに斬りかかる!その動きは疾風の如く、常人では捉えられないほどの連続攻撃だ。
しかし、ヴァルザスはギンジの猛攻を、手に持つ魔剣一本で的確に捌き、時折放つ闇の波動弾でギンジを牽制する。
「フン、ネズミのような動きよ。だが、我が『冥王の魔剣』の前には無力!」
ヴァルザスが魔剣を大きく振りかぶると、剣身から漆黒のオーラが迸り、周囲の瘴気を吸収してさらにその力を増していく。
エルミナは、負傷したリリアナさんを治癒魔法で回復させつつ、ヴァルザスとキリシェの動きを冷静に分析しようと試みる。
「あの魔神族風の戦士…ヴァルザスは、闇属性の魔力を自在に操り、物理攻撃と魔法攻撃を巧みに使い分けるパワーファイター。そして、あの昆虫型の暗殺者…キリシェは、驚異的なスピードと、おそらくは複眼による広範囲の索敵能力、そして毒か麻痺効果のある刃を持っている可能性が高いですわ…!」
クルトから渡された通信機能付きのセンサーイヤリングからは、村に残ったクルトの興奮した声が聞こえてくる。
『エルミナ先生!その通りです!センサーの分析によれば、キリシェの刃には神経毒の成分が!ヴァルザスの魔剣は、周囲の負のエネルギーを吸収・増幅する特性を持っています!あの黒水晶「歪みの祭壇」が近くにある限り、奴の力は無限に増大する恐れが…!』
「(ダメだ…情報収集すればするほど、絶望的な戦力差しか見えてこない…!これが『主』とやらの手駒の実力なのかよ…!)」
俺は、ただただ仲間たちの奮闘を、震えながら見守ることしかできない。S.A.G.E.の野郎は、『敵個体の戦闘能力、推定レベル80~85。マスターの現在のレベルは依然として1。これは、ミジンコが深海魚の王にタイマンを挑むようなものだ。潔く諦めて、仲間の勇姿をその網膜に焼き付け、来世への教訓とすることを推奨する』などと、相変わらずデリカシーの欠片もない実況を続けている。
その時、キリシェの刃が、エルミナの展開していた魔法障壁を切り裂き、その白いローブの肩口を浅く、しかし確実に捉えた!
「きゃあっ…!」
エルミナの白い肩から、鮮血が滲む。その瞬間、彼女の整った顔が苦痛に歪み、ローブがはだけて普段は隠されている華奢な鎖骨と、なめらかな肌があらわになった。その光景に、俺は不謹慎にもドキリとしてしまう。
体勢を崩したエルミナに、ヴァルザスがとどめの一撃を放たんと、その黒き魔剣を大きく振りかぶった。
「我が主の鉄槌を受け、無に還るがいい、小賢しき魔導師よ!」
「(エルミナさんが…!やめろおおおおお!)」
俺の脳裏に、なぜか数日前にコンビニで立ち読みしたB級グルメ雑誌の特集記事――「挑戦者求む!鳥取ご当地テラ盛りグルメ!~伝説の鉄板ナポリタン・マウンテンを制覇せよ~」――の、あのケチャップとチーズとベーコンとピーマンと玉ねぎが三位一体となった、暴力的なまでのカロリーと幸福感の塊のような、あのナポリタンの画像が、鮮明にフラッシュバックした!
「うわああああ!そんな禍々しい鉄槌なんかより、俺は今、無性に、あの、大山の麓のペンションで昔食ったことがあるような、アッツアツの鉄板でジュージュー音を立ててる、大山ハムと白バラ牛乳と、ついでに地元産の新鮮タマゴをたっぷり使った、濃厚デミグラスソース仕立ての、あの、伝説の『鉄板ナポリタン・デラックス・マウンテン盛り(もちろん粉チーズとタバスコはかけ放題)』が、死ぬほど食いてえんだよぉぉぉ!!!」
俺は、もはや何かに取り憑かれたかのように、ただただ自分の食欲と郷愁を、この絶望的な戦場に叩きつけるように絶叫した!
『ユニークスキル「誤変換」発動。入力:「(上記ユートのローカルB級グルメへの熱烈な渇望と、エルミナを助けたいという微かな思いが奇跡的に融合した、もはや神の領域の絶叫フルバージョン)」。変換結果:対象ヴァルザスの必殺攻撃スキル『冥王の鉄槌(闇属性・物理及び魔法複合ダメージ・即死効果付き)』を、無害かつ高カロリーな物質召喚魔法『魔界風・熱々鉄板ナポリタン・ギガントマウンテン盛り(ただし、麺は漆黒のイカスミパスタ、ソースは不気味な紫色のブルーベリー風味デミグラス、具材は目玉のような巨大キノコや触手のような謎肉、そしてなぜか大量のらっきょうのみじん切り…という、見た目も味も完全にアウトな代物・ただし凄まじい湯気と食欲をそそる(?)香りは健在)』へと、強制的に物質変換及び召喚』
次の瞬間、ヴァルザスの振り下ろした魔剣から放たれるはずだった漆黒の破壊エネルギーは、なぜかもうもうと湯気を立てる、山のように巨大な「魔界風・鉄板ナポリタン」へと姿を変え、ヴァルザス自身の頭上から降り注いだのだ!
「ぐわあああああっ!熱っ!何だこれは!?この酸味と甘味と、そして鼻を突く強烈なラッキョウ臭は!?我が魔剣が…ナポリタンになったというのか!?しかも不味そうだ!」
ヴァルザスは、頭から不気味な紫色のナポリタンソースと、漆黒のイカスミ麺、そして大量のラッキョウのみじん切りにまみれ、その威厳も何もあったものではない姿で大混乱に陥っている。キリシェも、あまりのシュールな光景と異臭に、一瞬動きを止めて固まっていた。
『S.A.G.E.より戦果報告:マスター、君のその底なしの食欲と、故郷のB級グルメへの偏愛は、ついに敵の必殺技すらも凌駕し、新たな伝説を打ち立てたようだ。もはや君は、勇者ではなく「B級グルメの神(ただし召喚する料理の見た目と味は常に魔界風)」と呼ぶべきかもしれんな。実に素晴らしい(いろんな意味で)』
「(俺はただ、美味いナポリタンが食いたかっただけなんだよぉぉぉ…!)」
ナポリタンまみれになり、湯気とラッキョウ臭で動きの鈍ったヴァルザスに、ギンジの短剣が、リリアナさんの聖なる剣が、そして体勢を立て直したエルミナの放つ光の槍が、次々と突き刺さる!
「今ですわ!一気に畳みかけます!」エルミナが叫ぶ。
「おのれ…おのれおのれおのれぇぇぇ!この私が…こんな…こんなふざけたナポリタンごときにぃぃぃ!」
ヴァルザスは、屈辱と怒りに顔を歪ませながら、ナポリタンの山の中から叫ぶ。
しかし、その時だった。
ヴァルザスの言葉に呼応するように、キリシェが、それまで沈黙を守っていた巨大な黒水晶――「歪みの祭壇」――に、その鋭利なカマのような腕の一本を深々と突き刺したのだ!
「ヴァルザス様…今こそ…『主』の御力を…!」
次の瞬間、黒水晶が禍々しい赤い光を激しく放ち始め、ヴァルザスとキリシェの体に、その闇のエネルギーがまるで血管のように流れ込み始めた!二体の魔物の傷が瞬く間に癒え、その全身から放たれるオーラが、先ほどとは比較にならないほど、絶望的に増大していく!
「まずいですわ…!」エルミナが顔面蒼白になって叫んだ。「あの黒水晶、瘴気を生み出すだけでなく、彼らに無限に力を供給し、強化する能力まで持っているようです!あれを破壊しない限り、ヴァルザスとキリシェは、何度でも再生し、さらに強力になってしまう…!」
クルトの声が、通信機越しに悲鳴のように響く。
『エルミナ先生!ユート君!センサーの数値が振り切れた!山頂の黒水晶を中心に、この龍の寝床全体が、巨大な「負のエネルギー増幅炉」として機能し始めているようです!このままでは、ミクストピア全土に、あの「歪みの化身」クラスの、いや、それ以上の災厄が解き放たれてしまいますぞ!』
ユート「(嘘だろ…せっかくナポリタンで一時休戦かと思ったら、余計に敵をパワーアップさせちまったってのかよ!?俺のポンコツスキル、本当に、本当にいい加減にしてくれぇぇぇ!)」
パワーアップしたヴァルザスとキリシェが、絶望的なまでのプレッシャーと、ナポリタンの微かな残り香を漂わせながら、再び俺たちに迫ってくる。
次回、黒水晶の破壊か、それともユートのさらなるポンコツ奥義(という名のグルメテロ)か!?龍の寝床山頂決戦、ついにクライマックス中のクライマックス!ユートピア村とミクストピア大陸の運命は、そしてユートの胃袋の限界は!?