新章第11話 ポンコツ勇者、二つの世界の選択と目覚める力(と胃痛)
「(え、ちょ、何?また鳥取?それとも今度こそ平穏な日常?でも仲間たちも一緒って…まさか!選択可能ってどういうことだよ!?)」
俺――ユートの混乱をよそに、融合した「虹色の涙石」から放たれる七色の光は、俺たち一行――リリアナさん、バルガス、クルト、エルミナ、そしてポヨンちゃん(ニジカ)と俺自身――を柔らかく包み込み、どこかへと導こうとしていた。
『S.A.G.E.より状況説明:マスター、そしてご一行様。融合した涙石の力は、君たちの魂のアンカーポイントと共鳴し、現在、二つの安定した時空間座標への限定的なアクセスゲートを形成しつつある。一つは、マスターの魂の故郷である「地球・日本国鳥取県米子市」。もう一つは、涙石及び仲間たちとの縁が深い「ミクストピア大陸・湯けむり村近郊の古代遺跡」。どちらの世界へ向かうか、あるいは…』
S.A.G.E.の言葉が途切れた瞬間、俺たちの足は、ふわりとした浮遊感と共に、ミクストピア大陸の、あの湯けむり村の外れ、古代遺跡の入り口――かつて俺が「虹色温泉卵」を錬成してしまった、因縁の場所に確かに降り立っていた。
周囲を見渡すと、暴走していた律動調整装置の不気味な唸りは完全に消え、遺跡全体が穏やかな静けさに包まれている。ミクストピアの空はどこまでも青く澄み渡り、世界の律動が完全に調和を取り戻したことを感じさせた。
「…終わったのですね。ミクストピアの危機は、本当に…」
エルミナが、感極まったように涙を浮かべて空を見上げる。
「勇者様!ユート様!本当に、本当にありがとうございました!」リリアナさんが俺の手を固く握りしめ、その瞳もまた涙で潤んでいた。
「ガハハ!勇者様がいれば、どんな敵だって怖くねえってことだな!これでまた美味い肉が安心して食えるぜ!」バルガスは豪快に笑い、俺の背中を力強く叩く。
「この一連の現象、そして勇者君のその特異なスキルと涙石の共鳴…僕の研究テーマは、あと100年は尽きそうにないぞ!」クルトは目を爛々と輝かせ、手持ちの端末に何やら数式を書き殴っている。
「ユートお兄ちゃん、ありがとう!ミクストピアも、ポヨンのキラキラ(涙石)も、みんな助けてくれて、だーい好き!」ポヨンちゃんが、その小さな体で俺に思いっきり抱きついてきた。
仲間たちの感謝と喜びの言葉に、俺は少しだけ、ほんの少しだけ、胸が熱くなるのを感じた。まあ、大半は俺のポンコツスキルが勝手にやったことなんだが。
エルミナが、真剣な表情で俺に向き直った。
「…ユート様。先ほどのS.A.G.E.殿の言葉、そしてこの融合した涙石の力…おそらく、あなたはご自身の故郷へ、今度こそ安定して帰還することができるでしょう。どうなさいますか?ミクストピアは、あなたのおかげで平和を取り戻しました。あなたはもう、戦う必要はないのです」
その言葉に、俺は故郷・米子の風景を思い浮かべた。家族、友人(少ないけど)、積みゲー、コンビニバイト、そして…白バラコーヒーと梨とカニ。帰りたい気持ちは、もちろん山々だ。
しかし、俺が何かを言い出す前に、S.A.G.E.が、どこか芝居がかったような、それでいて重大発表をするかのようなトーンで割って入った。
『マスター、そしてミクストピアの諸君。事態はそう単純ではないようだ。先ほどの「選択可能な並行次元への限定的アクセス権限の付与」という現象だが、これは単に二つの世界へのゲートが開いたというだけではないらしい。融合した虹色の涙石は、マスターのその特異な「誤変換」スキル、及び「絶対安全拒否」スキルと、極めて高度なレベルで共鳴・融合し始めている』
「な、なんですって!?」エルミナとクルトが目を見開く。
『その結果、マスターは、この涙石を触媒とすることで、限定的ながらも「安定した次元間航行」の基点となり得る、極めて稀有な「特異点アンカー」としての性質を獲得した可能性が高い。つまりだ…マスター、君は、もはやミクストピアか地球かの二択を迫られる存在ではなく、望むならば、二つの世界を、あるいはそれ以上の未知なる世界を繋ぐ「架け橋」そのものに成り得る、ということだ』
「……は?」俺は完全に思考が停止した。
クルトが「次元間航行だと!?そんな馬鹿な!現在の魔導物理学の常識を遥かに超越している!だが、勇者君のこれまでの奇行…いや、奇跡を考えれば、あるいは…!」と興奮し、エルミナも「…まさか、虹色の涙石の真の力とは、単なる世界の調律だけでなく、世界と世界を繋ぐ『絆の象徴』でもあったというのですか…ユート様、あなたは一体…」と、もはや畏敬の念を込めて俺を見つめている。
「(え、ちょ、俺、なんかとんでもない役割というか、もはや概念みたいなものにジョブチェンジさせられてない…?ポンコツ勇者から、次元の架け橋って…スケールアップしすぎだろ!胃が!俺の胃がまた痛くなってきたぞ!)」
俺は、すぐには何も結論を出せなかった。ミクストピアの仲間たちとの絆、そして何よりこの世界の平和。故郷への想い。そして、新たに示された「次元の架け橋」という、あまりにも壮大すぎる可能性。
エルミナは、そんな俺の葛藤を察したのか、優しく微笑んだ。
「焦る必要はありませんわ、ユート様。まずはこのミクストピアで、あなたが成し遂げたことの余韻を、ゆっくりと味わいましょう。そして、時間をかけて考えればよいのです。あなたがこれから進むべき道を、そして、あなたとこの世界、そしてあなたの故郷との、新しい関わり方を」
一行は、ひとまず湯けむり村で、本当に久しぶりの骨休めをすることになった。
村人たちは英雄の帰還(と、なぜか大量に振る舞われた虹色温泉卵の美味さ)を喜び、盛大な宴を開いてくれた。温泉に浸かり、ミクストピアの美味い酒と料理を味わい、仲間たちと語り合う。それは、俺が異世界に来てから、初めて心から「平和だなぁ」と感じられた瞬間だったかもしれない。
しかし、俺の胃痛だけは、まだ完全には治っていなかった。
なぜなら、宴の席で、S.A.G.E.が最後に、こんな不吉な一言を俺の脳内にだけ囁いたからだ。
『ちなみにマスター、君のその「特異点アンカー」としての新しい性質は、どうやら他の次元に存在する、好奇心旺盛な、あるいは非常に厄介な高次元存在からも、非常に「美味しそうな獲物」あるいは「最高の娯楽コンテンツ」として認識されやすくなったようだぞ。今後の君の人生、そして君が繋ぐであろう世界は、決して退屈することはないだろう。それは私が保証する(ニヤリと笑う顔文字付きで)』
「(やっぱり、俺に平穏な日常なんて訪れるはずがないんじゃねえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!)」
俺の心の叫びは、湯けむり村の賑やかな宴の喧騒の中に、虚しく溶けていった。
ポンコツ勇者ユートの冒険は、一つの大きな危機を乗り越え、そしてまた新たな、さらに壮大で、さらにカオスな物語の幕開けを予感させながら、ひとまずの区切りを迎える。
二つの世界、あるいはそれ以上の世界を股にかけ、彼はこれからも胃を痛め、盛大に絶叫し、そしてなぜか世界を(とんでもない方向に)救い(あるいは引っ掻き回し)続けるのかもしれない。
新たなる章の幕開けは、きっと、すぐそこに――。
(日常(?)帰還編 / 古代兵器暴走編 完)