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第4話 脳筋戦士は花の香りがお好き? ~仲間が増えたよ(胃痛もね)~


「嬢ちゃん、そんなに殺気立たなくても大丈夫だって! 俺は見ての通り、しがない木こりのバルガスだ!」 目の前の大男――バルガスは、巨大な両刃斧を肩に担ぎ、ニカッと歯を見せて笑った。その笑顔に邪気は感じられないが、なぎ倒された木々とその得物を見れば、リリアナさんが警戒するのも無理はない。俺は完全にリリアナさんの背後に隠れ、盾になってもらっている状態だ。

「その得物と、周囲の惨状を見れば、ただの木こりとは到底思えませんが」 リリアナさんの冷静なツッコミにも、バルガスは「ガハハ!」と豪快に笑うだけだ。 「こいつは親父の形見でな! ちょっと重いが、薪を割るには最高なんだぜ!」 (薪を割るスケールがおかしいだろ!)

「あ、あの…」リリアナさんに肘でつつかれ、俺はおずおずと顔を出した。「ユ、ユートです…。い、いちおう、その…ゆ、勇者…ということになってます…ハイ」 しどろもどろの自己紹介に、バルガスは目を丸くした後、腹を抱えて笑い出した。 「ガハハハハ! あんちゃんが勇者か! そりゃ傑作だ! 見た目はもやしみてぇだが、こんな美人さんを連れて森の奥まで来るなんざ、見かけによらず豪胆な野郎なんだな!」

『訂正:豪胆なのではなく、ただ流されてここまで来ただけだ。バルガス、種族ヒューマン、職業ウォリアー(自己流)。戦闘能力A+、知能D-、協調性C。典型的な脳筋タイプと推察される。味方にすれば戦力にはなるが、厄介事を持ち込む可能性も低くない』 S.A.G.E.の分析が脳内に響く。知能D-て…ほぼ野生動物じゃないか。

「そういや、さっき森の奥の方で、蜂がブンブン飛び回って、ゴブリンどもが阿鼻叫喚してるのが見えたぜ。ありゃ、あんちゃんたちの仕業か? ゴブリンの奴ら、面白いように逃げ回ってたが、あんな奇策、誰が考えたんだ?」 バルガスは興味津々といった顔で聞いてくる。 リリアナさんが胸を張った。「あれこそ、ユート勇者様の見事なご慧眼によるものですわ! ゴブリンの攻撃を巧みに誘導し、蜂の巣を落として一網打尽にされたのです!」 (いやいやいや!全部偶然だって!俺はただ逃げようとしていただけだってば!) 俺の心の叫びは、バルガスの更なる爆笑によってかき消された。 「マジかよ! そりゃすげぇ! 勇者様ってのは、頭の作りも違うんだな! ガハハ!」

俺の胃がキリキリと痛む中、バルガスはふと思い出したように言った。 「実はよ、勇者様たちに頼みがあるんだが…いや、頼みってわけでもねえが、最近この森にデカいフォレストウルフの群れが出てきてよ。俺の縄張り(薪集めの場所)を荒らしまくって困ってんだ」 「フォレストウルフ…ですって?」リリアナさんの表情が険しくなる。ゲームでも、ゴブリンより数段厄介なモンスターだ。

「アオォォォーーーーーン!!」 タイミングが良いのか悪いのか、まさに噂をすればなんとやら。森の木々の間から、鋭い牙を剥き出しにした灰色の狼――フォレストウルフが五体、俺たちを取り囲むように姿を現した。ゴブリンとは明らかに格が違う。デカいし、速そうだ。

「またかよぉぉぉ! もう今日は勘弁してくれって!」 「おう、噂通りのお出ましだ! よし、勇者様、ここはひとつ、その豪快な戦いぶりってやつを俺にも見せてくれや!」 バルガスは嬉々として斧を構える。リリアナさんも剣を抜き、臨戦態勢だ。 俺はまたしてもリリアナさんの背後に…と思ったが、一体のフォレストウルフが回り込み、俺めがけて猛然と突進してきた!

「うわあああ! こっち来んな! あっち行け! ええい、こうなったら…『可憐な花の香りで、あなたの荒んだ心を癒してあげます!(仮称)』!!」 恐怖のあまり、頭に浮かんだ適当なフレーズを絶叫した。もう何が何だか分からない!

その瞬間、奇妙なことが起こった。 俺が叫んだのとほぼ同時に、フォレストウルフたちの足元から、色とりどりの花々――薔薇、百合、チューリップ、コスモス――が、まるで意思を持ったかのように急速に咲き乱れたのだ。そして、むせ返るような甘く芳しい香りが、戦場に満ち満ちていく。

「グフゥ…ン?」「クゥ~ン…」 獰猛だったはずのフォレストウルフたちが、その強烈な花の香りを吸い込んだ途端、まるで骨抜きにされたかのように動きを止め、うっとりとした表情を浮かべ始めた。あるものは花に顔をスリスリと擦り寄せ、あるものは恍惚とした様子でその場に寝そべり、ゴロゴロと喉を鳴らしている(ように見えた)。完全に戦意を喪失している。

「な、なんだこりゃあ!? 狼どもが、まるで発情期の猫みてぇになってやがる…!?」 バルガスは目を白黒させている。 リリアナさんも驚きを隠せない様子で俺を見た。「ユート様…! これが異世界の秘術…以前仰っていた『ねっとさーふぃん』、あるいは『つみげーくずし』の真の力なのですか!? 敵の戦意を喪失させる高等戦術とは…!」 (違う! 断じて違う! なんで花が咲くんだよ! しかも狼がメロメロってどういう理屈だよ!?) 頭を抱える俺に、S.A.G.E.が追い打ちをかける。

『ユニークスキル「誤変換」発動。対象:フォレストウルフ(5体)。結果:敵対対象への強制的な「魅了(ただし花限定、効果時間約10分)」状態を付与。マスターの潜在的願望「お願いだから襲わないで優しくして」が、極めて特殊な形で具現化したものと推察される。前例のないレアケースだ』 (俺の潜在的願望、そんなメルヘンチックだったのか!? もっとこう…金とか権力とかじゃなかったのか!?)

結局、戦意を失ったフォレストウルフたちは、バルガスが「よしよし、もう喧嘩はよせよー」などと言いながら、森の奥へと優しく(?)追い払っていった。意外と動物好きなのかもしれない、この脳筋。

「いやー、勇者様、あんた本当にすげぇな! あの蜂の巣の一件も驚いたが、今度は花で狼を手なずけちまうとは! 俺、心底惚れたぜ! よかったら、俺もあんたたちの仲間に入れてくれねぇか? 一緒に旅したら、絶対もっと面白いことが起こりそうだ!」 バルガスは目を輝かせ、グイグイと迫ってくる。 「(これ以上、俺の手に負えない変人が増えるのはゴメンだが…断ったらこの斧で薪にされそうだし…何より、こいつがいれば生存確率が少しは上がる…のか?)」 俺が逡巡していると、リリアナさんが助け舟(?)を出した。 「バルガス殿のその腕っぷし、確かに魅力的です。それに、勇者様の常人には理解し難い『奇策』の真価を、もしかしたらバルガス殿なら感じ取れるのかもしれませんわ(盛大な勘違い)。わたくしは賛成です」 (リリアナさん、あんたも大概だからな!?)

二人の強烈な圧に負け、俺は力なく頷いた。 「は、はあ…こちらこそ、よろしくおねがいします…」 こうして、脳筋で豪快、そして多分いい奴(だと思いたい)の戦士バルガスが、俺のパーティに加わることになった。平均戦闘能力は上がったかもしれないが、平均知能指数は確実に下がった気がする。

「それにしても勇者様は本当に面白い戦い方をするなぁ! あの蜂の巣も、今度のメルヘン花畑も、普通の奴には逆立ちしたって思いつかねえぜ!」 「ええ、本当に。ユート勇者様の采配は、我々の浅知恵では到底測り知れませんわ!」 新しく仲間になったバルガスと、古参(?)の勘違い筆頭リリアナさんが、俺の「偉業」を称えあっている。 俺はただただ遠い目をして、「もうどうにでもなーれ…」と呟くことしかできなかった。

『パーティメンバー追加:バルガス。パーティの平均戦闘能力は27%向上したが、平均SAN値は5%低下。今後の珍道中がますますエンターテイニングになることだろう』 S.A.G.E.のナレーションが、やけに楽しそうだ。

夕暮れのウィンドリアの森を抜け、一行は王都への帰路についた。俺の疲労はすでにピークを通り越している。 「早く帰ってふかふかのベッドで寝たい…あ、でもこの世界に宿屋とかあるのかな…まさか野宿とかないよな…?」 そんな俺の小さな願いも、この先待ち受けるであろう更なる受難の前には、風前の灯火なのかもしれない。 遠くに見えてきた王都の灯りが、なぜか断頭台への道しるべのように見えてしまう、ポンコツ勇者ユートなのであった。


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