新章第5話ポンコツ勇者、日常に帰還(ただし監視付き)~そして新たな騒乱の足音~
「…マスター、君のポンコツスキルは、ついに世界の法則すら書き換える『概念兵器』の域に達したのかもしれない。実に興味深い。ところで、例の巨大虹色梨だが、糖度が異常に高く、地元のフルーツパーラーが時価数万円で買い取り、限定スイーツとして販売したそうだ。君も少しは地域経済の活性化に貢献したというわけだな。よかったじゃないか」
S.A.G.E.のどこか楽しげな報告を頭の片隅で聞き流しながら、俺――ユートは自室のベッドで目を覚ました。窓の外からは、小鳥のさえずりと、新聞配達のバイクの音が聞こえてくる。何事もなかったかのような、米子の平和な朝だ。
昨夜の「がいな大浄化フェスティバル(仮称)」と「歪みの化身」との激闘が、まるで嘘のようだ。しかし、体中に残る激しい疲労感と、部屋の隅でスヤスヤと眠るポヨンちゃん(ニジカ)の姿が、あれが悪夢ではなかったことを物語っている。
テレビのローカルニュースでは、昨夜の米子市上空の「謎のオーロラ現象」や「市内各所で短時間発生した奇妙な集団幻覚騒ぎ」について、専門家たちが「原因不明ですねぇ」「集団ヒステリーの一種でしょうか」などと、歯切れの悪いコメントを繰り返していた。巨大な虹色梨や、温泉街の足湯を占拠した巨大梨モンスター、線路をバックで走り去ったSLゴーレムなどについては、なぜか一切報道されていない。おそらく、エルミナかクルトが、その超人的な能力(とハッキング技術)で、都合の悪い情報を隠蔽・改竄したのだろう。あの二人ならやりかねない。
リビングに降りると、そこには既に異世界の仲間たちが勢揃いし、なぜか俺の母親が作った朝食(焼き魚に味噌汁、そして白ご飯という純和風)を囲んでいた。
「ユート様、おはようございます!この『ミソ・スープ』というものは、滋味深くて体が温まりますわね!」リリアナさんが、慣れない箸を使いながらも感心している。
「おう、勇者様!この『ヤキザカナ』ってやつも、骨が多いがなかなかイケるぜ!」バルガスは豪快にご飯をかき込んでいる。
エルミナは味噌汁の椀を片手に、「この『発酵』というプロセスを経て生み出される『旨味成分』…ミクストピアの食文化とは異なるアプローチですが、非常に合理的かつ深遠な食の探求ですわね…」と真剣な顔で分析し、クルトは「この『スイハンキ』という魔道具、米と水を入れるだけで完璧な状態の『ライス』を錬成するとは!その内部構造、ぜひ分解して解析させてほしい!」と、うちの年代物の炊飯器に熱い視線を送っていた。
ポヨンちゃんは、俺の母親に「ニジカちゃんは可愛いわねぇ。はい、卵焼きよ」とすっかり気に入られ、嬉しそうに卵焼きを頬張っている。
…なんだこのカオスな光景は。俺の日常は、どこへ行ってしまったんだ。
「ユート、あんたも早く食べなさい。それと、お友達…随分と変わった方たちだけど、お客さんにはちゃんとおもてなしするのよ?」
母は、俺が異世界から連れてきた(という事実は知らないが)面々を、少々困惑しつつも温かく受け入れてくれているようだった。さすが俺の母、肝が据わっている。
エルミナによれば、二つの「虹色の涙石」は、昨夜の「歪みの化身」との戦いでその力をほぼ使い果たし、現在はポヨンちゃんの中でゆっくりとエネルギーを回復させている状態らしい。ミクストピア大陸の「律動の歪み」も、これでほぼ完全に調律され、時空の裂け目が自然発生することも、もうないだろうとのことだった。
つまり、異世界は平和になった。そして、俺もようやく平穏な日常に…帰れるはずだった。
「しばらくの間、我々はこちらの世界に滞在し、今回の現象の原因究明と、涙石の力の完全な解析、そして…ユート様、あなた自身のその特異な力の調査をさせていただきたく思いますの」
エルミナが、有無を言わせぬ笑顔でそう宣言した。クルトも「こちらの世界の科学技術と、ミクストピアの魔導技術を融合させれば、あるいは時空を超える安定したゲートの作成も夢ではないかもしれんぞ!」と目を輝かせている。
バルガスとリリアナさんは「勇者様のお側を離れるわけにはまいりません!」「こちらの世界の文化や武術も学んでみたいです!」と、すっかり米子滞在を満喫する気満々だ。ポヨンちゃんは「ユートお兄ちゃんとずっと一緒がいいのー!」と俺に抱きついてくる。
…どうやら、俺の平穏な日常への道は、まだ果てしなく遠いらしい。
数日後。俺は再び、深夜のコンビニバイトに復帰していた。
仲間たちは、日中はエルミナの指示で米子市内の「調査(という名の観光と情報収集)」に出かけ、夜は俺の家に帰ってくるという生活を送っている。俺の部屋は、もはや完全に異世界人たちの秘密基地と化していた。
「いらっしゃいませー…」
俺がいつものように気のない返事をしていると、カランコロン、とドアベルが鳴り、見覚えのある派手な格好の女性客が入ってきた。例の、俺が胸に顔をうずめてしまったギャルのアヤカさん(仮名)だ。
「あ、梨の人じゃーん!やっほー、また来たよー」
アヤカさんは、やけに馴れ馴れしく俺に声をかけてくる。その胸元が大きく開いた服と、短いスカートが、深夜のコンビニにはいささか刺激的すぎる。
「ど、どうも…」
「なんかさー、お兄さん、最近米子で噂になってる『虹色オーロラ事件』とか『巨大梨出現騒動』とか、絶対なんか知ってるっしょ?あの梨、超ウマかったんだけど、どこで手に入るの?」
アヤカさんは、カウンター越しにグイッと身を乗り出し、俺の顔を覗き込んできた。その距離の近さと、甘い香水の匂いに、俺は思わず後ずさる。
「い、いや、俺は何も…ただのしがないコンビニ店員ですよ…」
「ふーん?ま、いっか。それよりさ、お兄さん、今度の日曜、暇だったりしない?最近駅前に新しくできたカフェ、一緒に行ってみない?お兄さん見てると、なんか面白いこと起こりそうだしさー」
アヤカさんは、悪戯っぽく片目をつぶって誘ってきた。
『S.A.G.E.より進捗報告:マスター、対象アヤカ(仮名)からの好感度が一定値を超え、恋愛イベントフラグが樹立された可能性42.8%。ただし、彼女が君のポンコツな本性、及び周囲のカオスな状況を知った場合、そのフラグが即座にへし折られる確率は99.2%。健闘を祈る』
「(だから、そういう余計な分析と応援はやめろっての!)」
俺がアヤカさんの誘いにどう返事したものか困っていると、突然、店の奥のバックヤードから、バチバチッという音と焦げ臭い匂い、そしてクルトの「しまった!こちらの世界のコンセントの電圧は、僕の新型魔力圧縮機の許容量をオーバーしていたか!?」という叫び声が聞こえてきた。どうやら、こっそり店に忍び込んで、また何かやらかしたらしい。
さらに、店の入り口からは、ポヨンちゃんを肩車したバルガスが「勇者様ー!この『アイスクリン』とかいう冷たくて甘い菓子、もっと食いてえぞー!」と大声で入ってきた。リリアナさんとエルミナも一緒だ。
アヤカさんは、突然現れた異様な集団(鎧姿の大男、気品漂う美女、白衣の怪しい男、そして虹色の髪の幼女)と、バックヤードの騒ぎに、さすがに目を丸くしている。
「な、なんか…お兄さんの周りって、いつもこんなカオスなの…?」
俺は、もはや何も言う気力もなく、ただ天を仰いだ。
その時、エルミナが持っていた古代の通信機能付き水晶玉が、ピカピカと激しい光を放ち始めた。エルミナが顔色を変えて水晶玉を覗き込む。
通信の相手は、ミクストピア大陸に残してきたエルミナの助手の一人だった。その声は、緊迫し、そして恐怖に満ちていた。
「エ、エルミナ様!大変です!ミクストピア各地の…古代遺跡が、突如として一斉に活性化を開始し、中から、見たこともない未知の機械兵団が出現し始めています!その中には…クリスタリア地下で遭遇した、あのアークガーディアンに酷似した強力な機体も、多数確認されており…!このままでは、ミクストピアが…!」
エルミナの表情が、みるみるうちに険しくなっていく。
「まさか…世界の律動が正されたことで、逆に古代文明の強力すぎる封印が、次々と解かれ始めているというの…?」
俺の故郷・米子市での平穏な日常(という名の新たな騒乱)は、どうやら訪れたと思った瞬間に終わりを告げようとしていた。
ポンコツ勇者の胃痛と冒険は、どうやらまだまだ、本当にまだまだ、終わる気配がないらしい。
今度は、暴走する古代文明の遺産を止めるために、再び異世界へ…ってことにならないよな!?頼むから、それだけは勘弁してくれぇぇぇ!




