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第3話 初陣は蜂の巣パニック! ~森の賢者は脳筋でした~


「勇者様、ご安心を! このリリアナ、命に代えてもあなた様をお守りいたします!」 そう言って胸を張る姫騎士リリアナさんの後ろで、俺――ユートはガタガタと震えていた。これから向かうのはウィンドリアの森。ゴブリン討伐という名の、俺の公開処刑場だ。

脳内AIのS.A.G.E.は相変わらず他人事のように告げてくる。 『ウィンドリアの森、別名「初心者の墓標街道」。過去10年間の統計によれば、ゴブリン討伐クエストを受けた新米冒険者の生還率は約15%。ちなみに「勇者」と自称した者に限れば、生還率は3%まで低下する。理由は不明だが、おそらく調子に乗りやすいからだろう。健闘を祈る』 「その不吉なデータやめろ! あと俺は自称してない! 勝手に祭り上げられてるだけだ!」 『事実の指摘はAIの責務だ。それより、そろそろ森の入り口だぞ、マスター(笑)』

鬱蒼とした木々が天を覆い、昼なお薄暗い森の入り口に、俺たちは立っていた。湿った土と腐葉土の匂い、不気味な鳥の声、得体の知れない虫の羽音。五感全てが「危険」だと警告を発している。

「勇者様、ここからはわたくしが先導いたします。足元にお気をつけて」 リリアナさんは剣の柄に手をかけ、鋭い視線で周囲を警戒している。その頼もしい姿が、今の俺には唯一の命綱だ。 「(あ、あの、セーブポイントとかないんですかね…? 中ボスとか出てきそうですし…)」 思わずゲーム脳で呟いてしまった言葉に、リリアナさんが不思議そうに振り返る。 「せーぶぽいんと? それは異世界の魔法か何かでございますか?」 「あ、いえ、こっちの話です! 気にしないでください!」 危ない危ない、変な誤解をされるところだった。いや、もう手遅れなくらい誤解されてるけど。

しばらく森の中を進むと、不意に前方の茂みがガサガサと揺れた。 「来る…!」 リリアナさんが身構える。俺は反射的に彼女の背中に隠れようと…いや、事実隠れた。

「グルルァァァ!」 野卑な叫び声と共に、緑色の肌をした小鬼――ゴブリンが三体、棍棒を振りかざして茂みから飛び出してきた。ゲームで見たデフォルメされた可愛げなど欠片もない。濁った眼、剥き出しの牙、明らかに俺たちへの敵意。

「ひぃぃぃ! 出たぁぁぁぁ!」 俺の情けない悲鳴が森に響く。 「勇者様、お下がりください! はぁっ!」 リリアナさんが雄叫びと共にゴブリンの一体に斬りかかる。銀閃一文字。一体目のゴブリンは、抵抗する間もなく胸から血飛沫を上げてどうと倒れた。つ、強い!

しかし、残りの二体のうち一体が、リリアナさんの死角から俺を狙って棍棒を振り上げていた! 「うわあああ! 死ぬぅぅぅ! やっぱりこうなるんじゃねぇかぁぁぁ!」 俺は固く目をつぶり、衝撃に備えようとした。だが、その瞬間――

――カキンッ!

不思議な感覚と共に、棍棒が頭上で何か硬いものに弾かれたような音がした。恐る恐る目を開けると、棍棒は俺の頭を掠める寸前で不自然に軌道を変え、すぐそばの太い木の枝に激突していた。

『ユニークスキル「絶対安全拒否」発動。直接的危機に対する回避に成功。ただし…』

S.A.G.E.の冷静なアナウンスと同時だった。 バキバキバキッ! メキメキッ! 棍棒が当たった木の枝が、根元からへし折れる。そして、その枝の先にぶら下がっていたのは――バレーボールほどもある、巨大な蜂の巣!

ドサッ! ボトボトボトッ!

蜂の巣は、残りのゴブリン二体と、最初にリリアナさんに斬られた(まだ息があったらしい)ゴブリンの頭上に正確に落下した。 「ギィヤアアアア!?」 「ブゥゥゥン!! ブンブンブンブン!!」 巣を壊され怒り狂った巨大蜂(スズメバチサイズだ!)の大群が、ゴブリンたちに一斉に襲いかかる! 阿鼻叫喚! ゴブリンたちは棍棒を振り回して蜂を追い払おうとするが、数の暴力には敵わない。あるものは顔中を刺されてのたうち回り、あるものは同士討ちを始め、あるものは訳も分からず逃げ惑う。

リリアナさんは目の前の惨状に一瞬呆然としていたが、すぐにハッとした顔で俺を振り返った。 「なっ…これは!? 勇者様、なんと見事な誘導と罠! ゴブリンの攻撃をあえて受け流し、その衝撃で蜂の巣を落とすとは! まさか森の地形と生物まで計算に入れておられたのですか!?」 その瞳は、尊敬と驚嘆の色でキラキラと輝いている。

「(え? 俺、何もしてないけど…ただ、なんか変なスキルが勝手に…? 蜂の巣? 計算? 何のこと???)」 頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。

『「絶対安全拒否」の副次効果:環境利用型トラップ発動(完全ランダム)。今回は「蜂の巣落下(大成功)」のようだ。マスターの悪運の強さ、あるいは珍妙な幸運にはAIながら感服する』 (お前のスキルかよこのポンコツAI! しかも「悪運」ってなんだ「悪運」って!)

結局、ゴブリンたちは蜂に刺されまくって戦闘不能になるか、逃げ去るか、あるいはリリアナさんがとどめを刺すかして、あっけなく全滅した。 「素晴らしいです、勇者様! あなた様の知略、このリリアナ、身をもって体験いたしました! この世界を救えるのは、やはりあなた様しかおりません!」 興奮冷めやらぬ様子で詰め寄ってくるリリアナさん。俺はただただ曖昧に笑うしかない。誤解が、また一つ深まった。

「と、とりあえず、王宮に戻りましょうか…」 俺がそう提案した時だった。 森の奥から、ズシン、ズシン、と地響きのような音と、木がなぎ倒されるような破壊音、そして、何やら豪快な笑い声が聞こえてきたのだ。

「「「ガハハハハ! 今日の薪は上々だぜぇ!」」」 (なんだ今の!? まだ何かいるのかよ!? もう勘弁してくれぇぇぇ!)

リリアナさんが警戒の表情を浮かべる。 「この音は…何者でしょう。勇者様、わたくしの後ろへ!」 言われるまでもなく、俺はリリアナさんの背後にぴったりと張り付いた。

音のする方へ恐る恐る近づいていくと、開けた場所で、巨大な両刃斧を軽々と振り回し、大木をまるで薪のように叩き割っている大男の姿があった。筋骨隆々、熊のような体躯、そして何より目立つのは、その豪快な笑顔と、頭に巻いた赤いバンダナだ。

「おお? こんな森の奥で何してるんだ、嬢ちゃん。それと…そっちのひょろっとした兄ちゃんは、嬢ちゃんの付き人か何かか?」 大男――バルガスは、薪割りの手を止め、屈託のない笑顔でこちらに話しかけてきた。

(ひょろっとした兄ちゃん…まあ否定はしないけどさ…) リリアナさんが一歩前に出て、俺を庇うように男と対峙する。 「何者です! この森で何を?」 「んあ? 俺か? 俺はバルガス! ご覧の通り、ただのしがない木こりよ! ガハハ!」

しがない木こりが、あんな巨大な斧で大木を薪にできるか! ツッコミどころ満載だが、それよりもこの男から感じる圧倒的なパワーが恐ろしい。 俺の異世界初クエストは、ゴブリン討伐だけでは終わらないらしい。胃痛が、さらに悪化した瞬間だった。


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