第29話 さらばポンコツ勇者?! ~世界の調律と鳥取砂丘の風~
第29話 さらばポンコツ勇者?! ~世界の調律と鳥取砂丘の風~
「ポンコツ勇者の最後の悪あがきと、皆生温泉でカニ食って骨の髄まで生き返る、不撓不屈の鳥取県民の底力(あくまでイメージです!)、なめんなよぉぉぉ!」
俺――ユートの、もはや何かの呪文とも現実逃避の絶叫ともつかない魂の叫びと同時に、手に持った二つの「虹色の涙石」が、これまでとは比較にならないほど強烈な七色の光を迸らせた!
その光は、まるで意思を持ったかのように俺の体全体を包み込み、そして、なぜか俺の脳裏には、故郷・鳥取県の雄大な大山、どこまでも続く日本海の水平線、そして黄金色に輝く梨畑の風景が、走馬灯のように駆け巡った。うん、なんで今なんだろうな、このタイミングで。
「小賢しい光遊びを…! 我が深淵の闇の前には、全てが無に帰すのだ!」
魔王ザルヴァークが、最後の抵抗とばかりに、その身に纏う全ての邪悪なエネルギーを凝縮させ、終末を告げるかのような巨大な闇の球体を形成し、俺めがけて放とうとする。
だが、俺はもう何も考えられなかった。ただ、故郷の風景と、なぜか無性に食べたい「とうふちくわ」と「あごのやき」のことだけを、ぼんやりと考えていた。
「うおおおお!『魔王なんて、鳥取砂丘の砂の一粒になって、そこで反省しながら、らくだのコブにでもなっちゃえ!(超絶無茶苦茶&郷土愛爆発)』!!!」
『ユニークスキル「誤変換」最終奥義発動。入力:「(上記ユートの絶叫フルバージョン)」。対象:「魔王ザルヴァーク」及び「世界の歪み」。変換結果:対象の存在定義を「絶対悪・世界のバグ」から「無害なる自然現象(具体例:鳥取砂丘に吹く心地よい風、あるいはそこに転がるただの一粒の砂)」へと、世界の法則レベルで強制的にデバッグ及び初期化。涙石の調和エネルギーとの相乗効果により、効果範囲は全世界規模』
ユートの叫びと、涙石から放たれる七色の調和の光が完全に融合し、巨大な光の津波となって魔王ザルヴァークを飲み込んだ!
「馬鹿な…我が絶対的な歪みが…この世界の法則そのものが…こんな…こんな、チープで、ローカル色豊かな言霊ごときに…修正されるというのか…? これが…これが、調和の光…なのか…? ああ…なんだか、眠く…なってきた……」
魔王ザルヴァークは、まるで頑固な汚れが洗い流されるかのように、その邪悪なオーラが急速に霧散していき、その巨体も徐々に光の粒子へと変わっていく。その最後の表情は、苦しみではなく、どこか長い悪夢から解放されたかのような、ほんのわずかな安堵の色すら浮かんでいるように見えた。
やがて、魔王ザルヴァークは完全に消滅し、後には、純粋な魔力の結晶のかけらがキラキラと舞い散るだけだった。そして、どこからか紛れ込んだのか、玉座の間の中央に、一粒の乾いた砂がポツンと残されていた(S.A.G.E.によれば、これは本当に鳥取砂丘の砂らしい。どういう原理だよ)。
魔王が消え去ったことで、玉座の間の禍々しい雰囲気は嘘のように消え去り、まるで浄化されたかのように、清浄な空気が満ち始める。そして、中央に鎮座していた「聖なる祭壇」が、穏やかな光を放ちながら、その真の姿を現した。
「…終わったのですね…本当に…」
エルミナが、涙を浮かべながら、しかしどこか信じられないといった表情で呟く。彼女は、俺の手から二つの虹色の涙石をそっと受け取ると、震える手で聖なる祭壇の中央にある窪みへと、ゆっくりと奉納した。
二つの涙石が祭壇に置かれた瞬間、まばゆいばかりの虹色の光が、祭壇から天へと向かって勢いよく立ち昇り、魔王城の天井を突き抜け、そして世界中へと広がっていくのが、まるで魂に直接語りかけるように感じられた。
瘴気に覆われていた空は瞬く間に晴れ渡り、荒廃した大地にはみるみるうちに緑が甦り、枯れていた花々が一斉に咲き誇る。世界の歪んだ『律動』が正され、真の調和が取り戻されたのだ。
「やった…やったぞぉぉぉ!」
「勇者様!ユート様!」
バルガスが俺を軽々と(しかし今回は優しく)抱え上げ、リリアナさんが感謝の涙を流しながら俺の手を握る。クルトは「この歴史的瞬間を、全てのデータを記録しなければ!世界の法則が書き換わる瞬間だぞ!」と興奮気味に端末を操作し、ポヨンちゃんは、元気を取り戻したのか、俺の頬にスリスリと虹色の体を擦り付けてきた。
その時だった。
俺たちの目の前の空間が、まるで水面のように揺らぎ始め、やがて不安定ながらも確かな「時空の裂け目」が出現した。裂け目の向こうには、見慣れた、しかし今はどこか懐かしい、俺の自室の押し入れの天井が見える気がした。
『S.A.G.E.より最終報告:世界の調律完了を確認。時空座標の安定化に伴い、マスターの元の世界への帰還ゲートが一時的に開いたようだ。このゲートの維持可能時間は、残り約3分28秒。決断の時だ、マスター。故郷へ帰るか、それとも…このカオスで、しかしどこか居心地の良くなってしまった世界に、もう少しだけ滞在してみるか?』
仲間たちが、俺の言葉を待っている。その顔には、安堵と、感謝と、そしてほんの少しの寂しさが滲んでいた。
俺は、仲間たち一人一人の顔をゆっくりと見渡し、そして、空中に開いた時空の裂け目を見上げた。日本の日常、積みゲー、コンビニバイト…。そして、この世界で過ごした、胃痛と絶叫と、時々ちょっとだけ感動の、破天荒な日々が、頭の中でぐるぐると交錯する。
「俺は…俺はやっぱり……」
俺が何かを言いかけた、まさにその瞬間だった。
俺の体が、ふわりと柔らかな虹色の光に包まれ、S.A.G.E.の、どこか名残惜しそうな、しかしやっぱりちょっとだけ楽しそうな声が、脳内に直接響いた。
『おっと、どうやら二つの虹色の涙石の最後の力か?あるいはマスター自身の無意識下の強烈な帰郷願望がトリガーとなったか…いずれにせよ、強制送還プロトコルが起動したようだ。行き先は…ああ、やはりそこか。鳥取県米子市、新田祐樹様方。エラーなし。マスター、短い間だったが、君という最高のエンターテイメントを間近で観察できたことに、AIとして最大限の感謝を表明する。達者でな、ポンコツ勇者(笑)。君の冒険譚は、きっとこの世界の吟遊詩人によって、面白おかしく語り継がれることだろう』
「ちょ、おい、S.A.G.E.!勝手に送還するな!まだ俺、この世界でカニも梨も腹いっぱい食ってないし、皆生温泉にも入ってないんだぞぉぉぉぉぉ!!!」
俺の最後の、そしてやっぱりどこか締まらない叫びは、七色の光の中に吸い込まれるようにして、急速に小さくなっていく。
リリアナさんの涙と笑顔、バルガスの力強いサムズアップ、クルトの興奮した分析の声、エルミナの穏やかな微笑み、そしてポヨンちゃんの「ユートお兄ちゃん、また遊ぼうねー!」という無邪気な声に見送られながら…。
ポンコツ勇者ユートの、異世界での冒険は、こうして、本人の意思とはあまり関係なく、一つの大きな区切りを迎えたのだった。
彼の胃袋と故郷への想いは、果たして満たされる日が来るのだろうか?
それはまた、別のお話。
(魔王討伐編 完)