第25話 魔王城の甘い罠?! ~ポンコツ勇者、綿菓子で敵を無力化す~
ギギギギ…ゴゴゴ……バタンッ!
俺たち――ユート一行が魔王城の巨大な城門を(半ば事故のような形で)突破し、内部へなだれ込むと、背後で門が重々しい音を立てて閉ざされた。もう後戻りはできない。
城内は、禍々しい紫色のクリスタル照明がぼんやりと照らし出す、どこまでも続くかのような長い廊下だった。壁には地獄の風景か何かを描いたような不気味なレリーフが飾られ、空気は重く淀み、邪悪な気配が肌を刺す。
「(うわぁ…趣味悪い内装だな…こんなところに住んでる魔王って、絶対性格歪んでるだろ…)」
俺がそんな失礼なことを考えていると、廊下の奥から、多数の重々しい足音と、金属が擦れる音が近づいてきた。
『S.A.G.E.より警告:前方より複数の高エネルギー反応接近。魔王軍所属、戦闘訓練を受けた上位魔族兵士と推定される。数は…12体。マスター、覚悟を決める時だ(どうせ役に立たないだろうが)』
「いちいち一言多いんだよお前は!」
S.A.G.E.の予測通り、廊下の曲がり角から現れたのは、黒光りする重厚な鎧を身に纏い、禍々しいオーラを放つ剣や戦斧を構えた魔族の兵士たちだった。その顔つきは人間とは明らかに異なり、鋭い角や爬虫類のような瞳を持つ者もいる。一体一体が、これまでの雑魚モンスターとは比較にならない圧力を放っていた。
「魔王ザルヴァーク様に仇なす愚か者どもめ!ここで塵と化すがよい!」
魔族兵士の一人が号令をかけると、一団は鬨の声を上げて襲いかかってきた!
「くっ…!数が多い上に、動きも速い!」
バルガスが負傷した腕を押さえながらも斧を振るい、リリアナさんも銀の剣で敵の攻撃を捌くが、多勢に無勢、じりじりと押されていく。
「エルミナ様、ここはわたくしが!『ライトニング・ボルテックス!』」
エルミナが詠唱すると、彼女の手から渦巻く雷撃が放たれ、数体の魔族兵士を黒焦げにする。しかし、その威力と引き換えにMP消費も激しいようで、エルミナの額には汗が滲んでいた。
「クルト!何か援護を!」
「任せろ!僕の最新作『全方位型超音波撹乱フィールドジェネレーター・マークII(改良に改良を重ねた自信作)』、起動!」
クルトが取り出した奇妙な球体状の装置が、キィィィンという甲高い音を発し始める。しかし、その超音波は敵だけでなく味方にも強烈な不快感を与え、特に聴覚の鋭いバルガスが「ぐおっ!頭に響くぜ!」と動きを鈍らせ、ポヨンちゃん(ニジカ)も耳を塞いでプルプルと震えだす始末。
「クルト!あなたという人は!少しは学習というものを…!」
エルミナの怒声が飛ぶが、当のクルトは「あれ?計算では味方には影響がないはず…やはり実戦データは貴重だな!」などと呑気なことを言っている。もうダメだこいつ。
そんな大混乱の中、一体の魔族兵士が、魔法の詠唱に集中しているエルミナの背後を取ろうと、音もなく忍び寄っていた!
「エルミナさん、危ない!」
俺は咄嗟にエルミナの前に飛び出そうとした…いや、正直に言えば、ただ単にパニックになって、逃げようとした方向がたまたまそっちだっただけかもしれない。
「うわあああ!『お姉さん(エルミナのことです、もちろん)に指一本だって触れさせやしないぞ!(ただし俺自身は金輪際触られたくない方向でお願いします!)』!!!」
『ユニークスキル「誤変換」発動。入力:「お姉さんに指一本だって触れさせやしないぞ!(ただし俺自身は金輪際触られたくない方向でお願いします!)」。変換結果:対象の敵対的攻撃魔法「ダーク・ランス」を、非殺傷性かつ高粘度の捕縛物質「超巨大ふわふわスイート綿菓子(レインボー味・微量のエーテル反応あり)」へ強制変換』
エルミナを狙っていた魔族兵士が、その手に漆黒の魔力の槍「ダーク・ランス」を形成し、まさに投げつけんとした瞬間だった。
ユートの絶叫に呼応するように、黒槍はフワリと形を変え、次の瞬間には、ピンクや水色、黄色といったパステルカラーの、とてつもなく巨大な綿菓子へと変化していたのだ!
そしてその巨大綿菓子は、見事な軌道を描いて魔族兵士の顔面から上半身をすっぽりと覆い尽くした!
「な、なんだこれは!? あ、甘い!そして前が見えん!ベタベタする!我が魔力が…吸われている!?」
綿菓子に囚われた魔族兵士は、甘い香りを振りまきながらその場でもがいている。その姿は、あまりにもシュールで、間抜けだった。
他の魔族兵士たちも、突然の出来事に唖然とし、動きを止めている。
「(ま、またやった…俺、また何かやらかした…! しかも綿菓子ってなんだよ!レインボー味ってなんだよ!)」
俺が頭を抱えていると、S.A.G.E.が冷静に(しかしどこか楽しそうに)解説を入れる。
『マスター、君の潜在的な「甘いもの食べたい」という食欲が、またしても魔法効果に予測不能な影響を与えた可能性は否定できない。あるいは、君は無意識のうちに、戦闘行為を平和的かつ糖分過多な方向へと導こうとしているのかもしれないな。実に興味深い生態だ』
「…勇者ユート、あなたのその力、本当に…本当に予測がつきませんわね…」
エルミナが、驚きと呆れと、そしてほんの少しの感謝(だと思いたい)が入り混じった複雑な表情で俺を見る。「しかし、助かりましたわ。皆さん、今です!」
エルミナの号令で、我に返ったバルガスとリリアナさんが、綿菓子パニックで陣形が崩れた残りの魔族兵士たちを次々と撃退していく。クルトも、いつの間にか超音波装置を止め、代わりに粘着性の泡を射出する銃(これまた試作品)で援護している。
やがて、全ての魔族兵士が戦闘不能になり、廊下には甘ったるい匂いと、所々に散らばる虹色の綿菓子の残骸だけが残った。
「ふぅ…どうやら、最初の関門は突破したようですわね」
エルミナが額の汗を拭う。
俺は、未だに甘い香りが漂う自分の手を見つめながら、「(俺のスキル、もしかして食べ物系に特化してきてる…?)」と、新たな不安に襲われていた。
一行は、警戒しながらも城内の探索を開始した。通路は迷路のように入り組み、そこかしこに怪しげな扉や、明らかに危険なオーラを放つ罠が仕掛けられている。
しかし、ポヨンちゃんが懐から取り出した「虹色の涙石のかけら」と、俺が持つもう一つの「虹色の涙石」が、特定の方向を指して、先ほどよりもさらに強く、そして温かい光を放ち始めた。
「涙石が反応しています…!聖なる祭壇は、間違いなくこの方向ですわ!」
エルミナが確信を込めて言う。
涙石の導きに従い、いくつもの不気味な部屋や罠だらけの通路を(主にエルミナの知識と魔法、クルトの暴走発明、バルガスとリリアナさんの武力、そして時折発動する俺の謎スキルで)切り抜け、俺たちはやがて、ひときわ大きく、そして禍々しいオーラを放つ巨大な扉の前にたどり着いた。
扉の上部には、角の生えた巨大な髑髏のレリーフが飾られ、その空ろな眼窩が俺たちを見下ろしている。
扉の向こうからは、これまでの魔族兵士とは比較にならないほど強大で、そして冷酷な邪気が漏れ出してきていた。
一同がゴクリと唾を飲む中、玉座の間のようなその扉の奥、暗闇の中から、重々しく、そして嘲笑うかのような声が響いてきた。
「フフフフ…よくぞ参った、しぶとい虫ケラどもよ。まさか、この魔王ザルヴァークの近衛兵どもを退け、ここまでたどり着くとはな。褒めてつかわす」
声と共に、漆黒のローブを身に纏い、鋭い爪と山羊のようなねじれた角を持つ、見るからに強大な魔族の男が、ゆらりと姿を現した。その瞳は血のように赤く、冷酷な知性と、圧倒的な力に満ちている。
「我が名はヴァルギオス。魔王ザルヴァーク様に仕える四天王が一人、『冥府の魔導卿』ヴァルギオスなり!お前たちの旅は、ここで終わりだ!」
ヴァルギオスと名乗った魔族は、その手に禍々しい輝きを放つ杖を構え、俺たちに宣告した。
次回、魔王軍幹部・ヴァルギオスとの死闘! ポンコツ勇者一行に勝機はあるのか!?(たぶんないけど、きっとまた何か変なことが起こるに違いない!)