第22話 魔王城へGO!の前に腹ごしらえ ~ポンコツ勇者、鳥取名物を食す~
まさかの魔王城が最終目的地。しかも、二つの「虹色の涙石」を奉納するための「聖なる祭壇」が、そのど真ん中にあるだと?
エルミナの衝撃的な告白に、俺――ユートは、もはや驚く気力すら湧いてこなかった。胃は無感覚、思考は停止寸前。
「つまり…結局、魔王のところに乗り込まないと、何も解決しないってことですか…?」
俺の虚ろな問いかけに、エルミナは静かに頷いた。
「ええ、おそらく。ザルヴァークの歪んだ力は、世界の『律動』を狂わせ、涙石の力を封じ込めているのでしょう。それを打ち破り、真の調和を取り戻すには…彼の根源を断つしか」
「魔王の城か…そいつはまた、骨が折れそうな話だな!」
バルガスは、ニヤリと笑いながら屈強な拳を握りしめる。リリアナさんも、決意を新たにしたように背筋を伸ばした。
「覚悟はできておりますわ、勇者様。最後の戦い、必ずや勝利を掴みましょう!」
クルトは、すでに魔王城の構造や、乗り込むための隠密ルートなどを、エルミナと真剣に議論し始めている。ポヨンちゃん(ニジカ)は、二つの涙石の優しい光に包まれ、スヤスヤと眠っている。この子には、まだ世界の危機など関係ないのだろう。その無邪気さが、今の俺には少しだけ救いだった。
『S.A.G.E.より進言:魔王城までの距離、直線距離で約800キロ。現在のパーティの移動速度を考慮した場合、徒歩での到達には約15日を要する見込み。道中のエンカウント率、並びに危険度は極めて高いと予測される。十分な準備を推奨する』
「15日…しかも危険度MAX…やっぱり、この世界に来てから安穏とした日々なんて一日もないんだな…」
エルミナは、クリスタリアに戻り、魔王城に関する古文書や情報を集めることを提案した。また、長旅に備えて、食料や装備の準備も必要となる。
というわけで、俺たちは再びクリスタリアへと戻ることに。
クリスタリアに到着したのは、それから数日後のことだった。街は相変わらず活気に満ちており、俺たちがアークガーディアンを止めた(実際は踊らせて自壊させたのだが)という噂は、さらに尾ひれがついているようだった。「歌う勇者」「踊らせるスライム」「奇妙な発明をする魔法使い」など、もはや原型を留めていない。
エルミナは、王宮の図書館や、古物商などを巡り、魔王城に関する情報を集めている。クルトは、新たな決戦に向けて、さらに危険な(そしておそらく爆発オチ付きの)秘密兵器の開発に没頭しているようだ。バルガスとリリアナさんは、来るべき戦いに備えて、連日訓練に励んでいる。
そして、俺はというと……なぜか、鳥取にいた。
いや、正確には、鳥取に来ているような気がする、というのが正しい。
クリスタリアに戻ったその日の夜、宿屋で寝ていると、ふと気が付くと見慣れない場所に立っていたのだ。目の前には広大な砂丘が広がり、遠くには青い海が見える。強い風が砂を巻き上げ、独特の乾いた匂いが鼻を突く。
「ここは…どこだ…?」
『S.A.G.E.より通信:マスター、現在位置を特定中…。周辺の地理情報、気候データ、植生…照合の結果、酷似する地域を発見。鳥取県、鳥取砂丘である可能性が極めて高い』
「鳥取砂丘!? なんでまた、こんなところに!?」
混乱している俺の目の前に、一軒の小さな茶屋が現れた。暖簾には「砂丘茶屋」と書かれている。誘われるように中に入ると、気さくな女将さんが笑顔で迎えてくれた。
「あら、いらっしゃいませ。旅の方ですか? こんな時間に珍しいですねぇ」
女将さんに事情を説明しても、もちろん信じてもらえるはずもない。「疲れて幻覚でも見ているんじゃないか」と心配されてしまった。
しかし、妙な既視感と、S.A.G.E.の正確すぎる位置情報から、ここは紛れもなく俺がかつて住んでいた日本の、それも鳥取砂丘の近くだという確信があった。
「何か温かいものでも召し上がっていかれませんか? この時期のおすすめは、やっぱり『かにめし』ですね。鳥取に来たら、これは外せませんよ」
女将さんの勧めに、抗うことはできなかった。久しぶりの日本の食事…かもしれない。かにの香りが食欲をそそる。
かにめしを夢中で頬張りながら、俺は考えた。なぜ、このタイミングでこんな場所に? スキルの暴走か? それとも、何か意味があるのか?
『S.A.G.E.より推測:マスターの潜在意識が、故郷の風景、特に精神的な安寧を求めている可能性が高い。あるいは、『虹色の涙石』が持つ時空干渉能力が、微弱ながらもマスターの記憶と共鳴し、一時的な意識の転移を引き起こしたとも考えられる』
「つまり、俺の心が疲弊しすぎて、現実逃避したってことか…」
かにめしを完食し、少しだけ心が落ち着いた俺は、女将さんに丁寧に礼を言い、再び砂丘へと足を踏み出した。強く吹く風が、少しだけ現実へと引き戻してくれる気がした。
「そろそろ、みんなが心配しているだろうな…」
そう呟きながら、意識を集中させると……
次の瞬間、俺はクリスタリアの宿屋のベッドの上に戻っていた。時間は、ほんの数時間しか経っていないようだ。まるで、夢を見ていたかのように。
しかし、確かにあの時、かにめしの温かさと、鳥取砂丘の乾いた風を感じたのだ。
部屋の外からは、エルミナとクルトの話し声が聞こえてくる。
「…魔王城は、かつて強大な魔法王国が存在した地に築かれており、周囲には強力な結界が張り巡らされているようですわ。正面突破は困難を極めるでしょう…」
「しかし先生、古代の文献には、結界のエネルギーの流れを一時的に逆流させる禁呪の存在が…成功すれば、数分間の隙を作り出せるはずです!」
いよいよ、魔王城への進撃が現実味を帯びてきた。
鳥取での束の間の休息(現実逃避?)で、少しだけ気力を取り戻した俺は、深呼吸をして部屋を出た。
「ユート!大丈夫か?朝からずっと部屋に籠もっていたから心配したぞ!」
バルガスが声をかけてくる。リリアナさんも、心配そうな表情で見ている。
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと…昔のことを思い出していただけだ」
とっさに、鳥取に行ったことは言えなかった。
エルミナは、俺の顔を見ると、何かを察したように微かに目を細めた。
「勇者様、準備はよろしいかしら? いよいよ、私たちの最後の旅が始まりますわ」
魔王城へ。
世界の命運を、そして俺の故郷への帰還をかけた、最後の戦いが待っている。
その前に、クリスタリアでしっかりと腹ごしらえをしておこう。この世界にも、美味しいものはたくさんあるはずだ。
「(そういえば、この世界でカニって食べたことないな……)」
鳥取でのかにめしが、夢だったのか現実だったのか、まだ少し混乱している俺は、エルミナたちと共に、クリスタリアの街の食堂へと向かった。




