第21話 決戦!涙石の守護者 ~ポンコツ勇者、ついに音響兵器に目覚める?~
「忘れられた神殿」の最奥、虹色の涙石が安置された祭壇の間。俺――ユートたちの前に立ちはだかるのは、クリスタルで構成された巨大な守護者だった。その半透明の体は内部で複雑な光を明滅させ、まるで意思を持つかのように、無言の圧力で俺たち侵入者を排除しようとしていた。
「皆さん、防御態勢を!これは純粋な魔力結晶体…おそらく物理攻撃は効果が薄いと考えられます!」
エルミナの鋭い声と共に、守護者はそのクリスタルの腕から、氷の槍のように鋭利な無数のクリスタル片を高速で射出してきた!
「うおおっ、数が多いぜ!」
バルガスが斧を振り回してクリスタル片を叩き落とそうとするが、その多くは硬いクリスタルの体に弾かれ、キンキンと甲高い音を立てる。リリアナさんも剣で巧みに弾き、あるいは回避するが、その表情は険しい。
「クルト、何か手はありますの!?」
「ダメだ!このゴーレム、魔力抵抗が高すぎる!僕の魔導銃のエネルギー弾も、表面で霧散してしまう!」
クルトの秘密兵器(また試作品らしい)も、今回は効果がないようだ。エルミナが放つ強力な攻撃魔法すら、守護者が身にまとう淡い光のオーラによって威力を削がれ、決定打には至らない。
ポヨンちゃん(ニジカ)は、祭壇の上で静かに輝く「虹色の涙石」に引き寄せられるように、フラフラと近づこうとするが、守護者から放たれる強大な威圧感に怯え、俺の後ろに隠れてプルプルと震えている。しかし、不思議なことに、ポヨンちゃんの小さな体と祭壇の涙石が、まるで呼吸を合わせるかのように、微かに虹色の光を明滅させ始めていた。共鳴…しているのか?
戦況は完全に不利。守護者の攻撃は苛烈さを増し、俺たちは防戦一方だ。
その時、守護者のターゲットが、なぜかこの場で最も魔力が低く、そしてポンコツオーラを全身から発散している俺に集中した! まるで「お前から血祭りにあげてやる」と言わんばかりに、巨大なクリスタルの腕が、薙ぎ払うように俺めがけて迫ってくる!
「うわああああ!クリスタルって見た目は綺麗だけど、凶器にもなるって今日二回も思ったよ!っていうか、俺の心はもう砕け散る五秒前なんですけどぉぉぉ!『クリスタルは砕けないけど俺の心はサンドバッグ!(意味不明絶叫)』!!!」
俺がパニックで支離滅裂なことを叫んだのと、エルミナが守護者の動きを一瞬でも止めようと、古代の共鳴呪文を叫んだのは、ほぼ同時だった。
「水晶の魂よ、その荒ぶる力を鎮め、我らが声に調和せよ! 古の言霊にて命ずる! 『アニムス・クリスタリ・コンコード!』」
『ユニークスキル「誤変換」発動。入力:「クリスタルは砕けないけど俺の心はサンドバッグ!(アニムス・クリスタリ・コンコード!との複合汚染を確認)」。変換結果:対象「涙石の守護者」の行動ルーチンを「戦闘モード」から「クリスタル共鳴・超高周波聖歌発振モード(特定調和周波数にて自己崩壊誘発機能付き)」へ強制コンバート』
次の瞬間、信じられないことが起こった。
守護者の猛攻がピタリと止まり、その巨大なクリスタルの体が、まるで巨大な音叉かスピーカーのようにブルブルと細かく震え始めたのだ。そして、祭壇全体に、キィィィーーーンという、人間にはギリギリ不快ではないものの、鼓膜の奥を直接刺激するような、不思議な超高音が響き渡った! それは単なる音ではなく、どこか神聖な聖歌のようにも聞こえた。
「な…何ですの、この音は…!?」エルミナが耳を塞ぎながら驚愕の声を上げる。
「頭に響くぜ…!だが、あのデカブツ、苦しんでるみてぇだ!」バルガスが指摘する通り、守護者のクリスタルの体には、その超高音の振動によって、細かいヒビが入り始めている!
『S.A.G.E.より報告:マスター、君は無意識のうちに、対象の共振周波数と酷似した音響兵器を開発したのかもしれない。あるいは、エルミナ氏の古代呪文を、君のポンコツ言霊が「超効果的に」増幅・変質させた結果か。いずれにせよ、このままでは守護者は自壊するだろう』
「(俺、また何かやっちゃいましたか!? しかも音響兵器って!)」
守護者が発する超高周波の聖歌(?)に、祭壇の「虹色の涙石」と、ポヨンちゃんが以前見つけた「虹色の涙石のかけら(ずっと大事に持っていた)」が、激しく共鳴を始めた。ポヨンちゃんの小さな体全体が、これまでで最も強く、眩いばかりの虹色の光に包まれる!
「ポヨンちゃん!?」
光に包まれたポヨンちゃんは、しかし苦しんでいる様子はなく、むしろ気持ちよさそうに目を細めている。
そして、守護者のクリスタルの体に走っていたヒビが、急速に全身へと広がっていく。
バキィィィ…! パリィィィン!!
甲高い破壊音と共に、涙石の守護者は、まるで精巧なガラス細工が砕け散るように、無数の光の粒子となって霧散し、消滅した。
後には、祭壇の上で静かに、しかし先ほどよりも一層強く輝きを増した「虹色の涙石」だけが残された。
戦いが終わった安堵感と、あまりの超展開に、俺たちはしばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。
やがて、ポヨンちゃんを包んでいた虹色の光が収まると、彼女はケロッとした顔で俺に駆け寄り、「ユートお兄ちゃん、今のキラキラ、すっごく気持ちよかったのー!」と満面の笑みを浮かべた。どうやら、少しパワーアップでもしたらしい。
エルミナが、恐る恐る祭壇に近づき、その上に鎮座する「虹色の涙石」を慎重に手に取った。
「…これが、二つ目の『虹色の涙石』…。見事ですわ、勇者ユート。あなたのその…常軌を逸した『力』は、本当に…」
エルミナは、もはや言葉を失い、ただただ俺と涙石を交互に見つめている。その瞳には、畏怖と、そしてほんの少しの期待が入り混じっているように見えた。
俺が、エルミナの持つ涙石にそっと触れてみた瞬間。
ズキンッ!と脳内に激しい衝撃が走り、断片的なイメージが嵐のように流れ込んできた。
――どこまでも広がる荒廃した大地。空を覆う巨大な黒い渦。魔物たちの雄叫び。そして…一瞬だけ、見慣れた故郷、日本の街並みの風景がフラッシュバックした――
『S.A.G.E.より緊急警告:高次元エネルギー体との直接接触により、マスターの脳内情報野に膨大なデータ奔流を確認。精神汚染、あるいは記憶障害の可能性…いや、待て。これは…異次元座標に関する断片的データ? 極めて興味深い…!』
「う…頭が…」
俺はその場に膝をつきそうになる。
「勇者様!? どうかなさいましたの、お顔の色が真っ青ですわ!」
エルミナが心配そうに俺の肩を支える。
「い、いや、なんでもない…です。それより、賢者様。これで…これで魔王を倒せるんですか? 俺は…元の世界に、帰れるんですか…!?」
俺は、最後の望みを託すようにエルミナに問いかけた。
エルミナは、手の中の二つの涙石――ポヨンちゃんが持っていた小さなかけらと、祭壇にあった大きな石――を見比べ、そして静かに首を横に振った。
「いいえ、勇者様。これだけでは、まだ不完全です。二つの涙石は揃いましたが、その真の力を解放し、世界の『律動』を完全に調律するには…これらの石を奉納し、活性化させるための『聖なる祭壇』が必要なのです」
そして、エルミナは続けた。その言葉は、俺にとって新たな絶望の始まりを告げるものだった。
「そして、その『聖なる祭壇』が存在する場所は…皮肉なことに、魔王ザルヴァークの居城の、まさにその中心部なのですわ」
ついに、魔王の名前とその居場所が、具体的な目標として示された。
しかし、それは同時に、俺のポンコツ勇者としての旅が、まだ終わるどころか、これからが本番であることを意味していた。
俺の胃は、もはや存在しないかのように、何の感覚も伝えてこなかった。