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第18話 天才コンビと南への道 ~ポンコツ勇者、ベビーシッターに転職か?~


クリスタリアの南門をくぐり、俺たちポンコツ勇者一行――もはやカオスパーティと呼んだ方が正確かもしれない――は、次なる目的地「忘れられた神殿」を目指し、新たな旅路へと足を踏み出した。

先頭を行くのは、フードを目深に被りながらも、その知性と威厳が隠しきれない賢者エルミナ。その隣では、弟子のクルトが何やらうさんくさい測定器のようなものを振り回し、「この地域の魔素粒子は特異な波長を示している!実に興味深い!」などと興奮気味に呟いている。

その後ろには、バルガスがクルトから半ば強引に押し付けられた試作品のガントレット(ただの重そうな鉄の塊にしか見えない)の感触を確かめるようにブンブン振り回し、リリアナさんが常に周囲への警戒を怠らない。ポヨンちゃん(ニジカ)は、エルミナの美しい銀髪で編まれた三つ編みの先でユラユラ揺れる飾りが気に入ったのか、そのローブの裾を小さな手で掴んで離さない。そして俺――ユートは、そんな個性の大洪水のような仲間たちを眺めながら、ただただ頭を抱えていた。

『S.A.G.E.より報告:パーティ構成の変更に伴う総合戦闘力予測値、前回比で約180%の上昇を確認。魔法攻撃力、戦術立案能力、古代知識において顕著な向上が見られる。ただし、パーティ全体の行動予測不能指数及び事故発生確率は約350%上昇。マスターの心労による継続的なHP自然減少に最大限の注意を推奨する』

「もうとっくにHPゲージなんてマイナスだよ、こっちは!」俺の心の叫びは、S.A.G.E.には届かない。

クリスタリア周辺の穏やかな気候とは打って変わり、南へ進むにつれて道は険しくなり、風景も荒涼とした山岳地帯へと変わっていった。時折出現する魔物も、これまでのゴブリンやフォレストウルフとは比較にならないほど強力で、巨大な鉤爪を持つグリフォンや、岩石の巨人のようなロックゴーレムが俺たちに襲いかかってくる。

「フン、愚かな魔獣どもめ。古代語魔法『ペトラ・ヴィンクルム(石の鎖)』!」

エルミナが涼やかな声で詠唱すると、地面から無数の石の鎖が伸び、グリフォンの動きを一瞬にして封じ込める。

「そこです、バルガス殿、リリアナ殿!弱点は翼の付け根!」

エルミナの的確な指示を受け、バルガスとリリアナさんが強力な連携攻撃を叩き込む。

「(おお…これが本物の賢者の戦い方か…!指示も的確だし、魔法も超強力…これなら俺、本当に何もしなくてもいいんじゃ…?)」

俺は、エルミナの圧倒的な実力に、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、この旅の未来に光明を見出しかけていた。

しかし、そんな淡い期待は、クルトによって即座に打ち砕かれるのがお約束だ。

一行が深い谷間に架かる、古びて頼りない吊り橋を渡ろうとした時だった。

「皆さん、ご安心を!こんな危険な橋を渡る必要はありません!僕の最新最高傑作『反重力フローティング・マント(プロトタイプ・改良版)』があれば、安全かつ迅速に谷を越えられますとも!」

クルトが得意満面に取り出したのは、見た目はただの継ぎ接ぎだらけの薄汚いマントだった。

「おお!空を飛べるのか!面白そうだぜ!」

実験台に立候補したバルガスがそのマントを羽織った途端、彼の巨体はフワリと宙に浮いた…かと思えば、次の瞬間には制御不能に陥り、コマのようにクルクルと高速回転しながら崖の向こう側へすっ飛んでいき、岩壁に激突しそうになる!

「うわあああ!目が回るぅぅぅ!」

「バルガス殿ーっ!」

絶体絶命のピンチ!その時、ポヨンちゃんが「バルにいちゃん、あぶなーい!」と叫び、その小さな体から虹色の粘液をロープのように伸ばし、回転するバルガスの足にピタリと吸着させた!そして、そのロープをリリアナさんと俺が必死で引っ張り、なんとかバルガスを安全な場所へと引き戻すことに成功した。

「ぜぇ…ぜぇ…助かったぜ、ポヨンちゃん、勇者様、嬢ちゃん…」

地面にへたり込むバルガス。クルトはといえば、

「素晴らしい! あの伸縮性と驚異的な耐久性を兼ね備えた生体ロープ! ポヨンちゃん、ぜひ君のその体組織サンプルを少しばかり僕の研究のために提供してはくれないだろうか!?」

などと目を輝かせながらポヨンちゃんに詰め寄り、エルミナに「この状況で言うことですか、あなたは」と冷たく睨まれてシュンとしていた。

不思議なことに、エルミナとクルトがパーティに加わってからというもの、俺のポンコツスキルが発動する機会がめっきりと減っていた。強力な魔物が出てもエルミナの魔法と指示で大体なんとかなるし、クルトがトラブルを起こしても、彼自身か、あるいはポヨンちゃんの謎パワーで(さらに大きなトラブルを呼び込みつつも)解決してしまうからだ。

「(あれ…? なんか今回、俺のスキルがやけに静かだな…この上なく平和でいいんだけど、なんだかちょっと手持ち無沙汰というか…いやいや、これが普通の旅なんだよな、きっと!)」

俺がそんなことを考えていると、エルミナの難しい古代文明の話や、クルトの延々と続く実験失敗談に飽きてぐずり始めていたポヨンちゃんが、トテトテと俺のところにやってきて、膝の上にちょこんと座った。

「ユートお兄ちゃん、あったかくて、ポヨポヨしてて、安心するのー」

そう言って、俺の服に顔をスリスリしてくる。なんだか、大きな犬か猫に懐かれている気分だ。

エルミナが、そんな俺とポヨンちゃんの様子を興味深そうに観察しながら呟いた。

「…勇者様には、人の心、いえ、あるいは生命の『律動』そのものを和ませ、調和させる不思議なオーラがあるのかもしれませんわね。それは、魔力や武力とは異なる、別の次元の力…」

と、何やら真剣な顔で分析を始めた。

『S.A.G.E.より進言:マスター、新たなジョブ「スライム型生命体幼体専属ベビーシッター兼精神安定クッション」の適性を正式に確認。おめでとうございます。これで戦闘以外でもパーティに貢献できますね(主にスライム限定ですが)』

「(嬉しくねぇよ!断じて!)」

そんなこんなで数日間の苦難(主に俺の精神的な)の旅の末、一行は険しい山脈の奥深く、一年中霧が立ち込めているという巨大な谷間にたどり着いた。エルミナによれば、この谷のさらに奥に、「忘れられた神殿」があるらしい。

しかし、その谷の入り口には、まるで門番のように、全長20メートルはあろうかという巨大なドラゴンの石像が一体、不気味な静けさで鎮座していた。風化した石の表面には苔が生え、長い年月風雨に晒されてきたことが伺えるが、その瞳だけが、奥底で不気味な赤い光を鈍くたたえている。

「あれは…『古竜の石像』。神殿を守護するために、古代の超技術によって造られた自動防衛ゴーレムの一種ですわ。アークガーディアン程の戦闘力はないでしょうが、それでも相当な強敵であることに変わりはありません」

エルミナが静かに説明する。

「素晴らしい造形美だ!あの巨体を動かす駆動原理は一体…!?ぜひとも内部構造を解析して、僕のガーディアンゴーレムMk-IIIの開発に…!」

クルトは目を輝かせ、スケッチブックを取り出さんばかりの勢いだ。

「ドラゴンか!でかくて強そうじゃねえか!いっちょ揉んでやろうじゃねえか!」

バルガスは、新しい獲物を見つけた猟犬のように、すでに臨戦態失だ。

俺はといえば、

「(だから、なんでボスキャラクラスの奴が、こうも頻繁に道のど真ん中に配置されてるんだよ!普通のRPGなら、もっとこう…複雑なダンジョンの最奥部とかで、満を持して登場するもんだろが!)」

この世界のゲームバランスに、本気でクレームを入れたい気分だった。

俺の心の叫びが聞こえたわけでもあるまいが、古竜の石像が、ゴゴゴゴゴ…という地響きと共に、ゆっくりとその巨体を動かし始めた。その赤い瞳が、侵入者である俺たち一行を、確実に捉えた。

「来るぞ!総員、戦闘準備!」

リリアナさんの鋭い声が、霧深い谷に響き渡った。



ポンコツ勇者一行の新たな試練が、またしても唐突に始まろうとしていた

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