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第17話 賢者は同行がお好き? ~ポンコツ勇者、世界の真理(と胃痛)に近づく~


アークガーディアンが沈黙した始原の祭壇に、しばしの静寂が訪れる。俺――ユートは、もはや自分のポンコツスキルが引き起こす奇跡(という名の珍事)に対して、驚きを通り越して一種の諦観すら感じ始めていた。

そんな俺の心境など露知らず、賢者エルミナは、先ほどまでの冷徹な表情をわずかに緩め、何かを深く吟味するような眼差しで俺を見つめていた。

「…あなたという存在、そしてその不可解な力が、この世界の『律動』そのものに、何らかの形で干渉しているのかもしれませんわね…。約束通り、情報は提供いたしましょう。そして…もしお許しいただけるなら、もう少しだけ、あなたとこの世界の関わりを、このエルミナの目で見届けさせていただきたいのですけれど」

その申し出は、丁寧な言葉遣いとは裏腹に、有無を言わせぬ響きを持っていた。

「素晴らしい! さすがはエルミナ先生、話が早いですな!」クルトが、なぜか自分の手柄のように胸を張る。「先生も我々の旅にご一緒いただければ、百人力、いや、百万人力ですぞ! これで魔王討伐も、世界の真理の解明も、そして僕の世紀の大発明も、全てが一気に加速すること間違いなしです!」

(おい、最後の目的は余計だろ!)

リリアナさんも「高名なエルミナ様が直々に…! これほど心強いことはありませんわ!」と感激し、バルガスも「おお! 強え仲間が増えるのは大歓迎だぜ!」とニカッと笑う。ポヨンちゃん(ニジカ)は、エルミナの綺麗な銀髪に興味津々で、手を伸ばそうとしてリリアナさんにそっと止められている。

俺の「これ以上面倒事が増えるのは勘弁してほしいんですけど…」という心の声は、今回も華麗にスルーされた。

『賢者エルミナ、正式にパーティ加入を確認。パラメータ分析:知力S+、魔力EX、古代知識S++、戦闘指揮能力A。ただし、目的のためには手段を選ばず、他者を実験台にする傾向あり。マスターのストレス値及び生命の危険度が、今後飛躍的に上昇する可能性を警告する』

S.A.G.E.の淡々としたアナウンスが、俺の未来を的確に予言している気がしてならない。

エルミナは、アークガーディアンが沈黙したことでわずかに安定を取り戻した祭壇の雰囲気を感じ取りながら、静かに語り始めた。

「魔王ザルヴァークですが、彼は単なる強力な魔物というより、この世界の『律動』…いわば、世界の法則やエネルギーの流れそのものの歪みが具現化した存在に近いのです。故に、単純な武力だけでは、おそらく完全な討滅は難しいでしょう。歪みそのものを正すか、あるいは同質の力で相殺する必要があるかもしれませんわね」

そして、俺の最大の関心事である帰還方法については、こう付け加えた。

「あなたが元の世界からこのミクストピアに迷い込んだのも、おそらく何らかの『律動の乱れ』による、偶発的な時空の裂け目が原因と考えられます。完全に同じ状況を再現するのは極めて困難ですが…古代のアーティファクトの中には、時空の座標に干渉する力を持つものが存在したという記録が、この遺跡の文献庫に残されています」

「(時空干渉アーティファクト!? それがあれば帰れるのか!?)」

一筋の光明が見えた気がしたが、エルミナの次の言葉でそれはすぐに打ち砕かれた。

「ただし、それらは全て失われた技術であり、現存している可能性は限りなく低いでしょう。ですが、諦めるのはまだ早いですわ」

エルミナの指示で、クルトが祭壇の片隅にある古代の制御装置を操作すると、アークガーディアンが守っていたと思しき祭壇の奥へと続く、新たな扉が重々しい音を立てて開いた。

その先には、小さな祭祀場のような空間があり、中央の台座には、古代文字がびっしりと刻まれた石版と、いくつかの奇妙なエネルギーを放つ色とりどりのクリスタルが安置されていた。

中でもひときわ目を引いたのは、ポヨンちゃんの手のひらほどの大きさの、まるで生きているかのように内側から淡い虹色の光を放つ、涙滴型の美しい石だった。

「あれは…!」エルミナが息を呑む。

ポヨンちゃんが、まるで何かに引き寄せられるようにその石に近づき、おそるおそるその小さな手で触れると、石はポヨンちゃんの体の虹色の輝きと共鳴するように、さらに強く、そして優しい光を放ち始めたのだ。

「まさか…『虹色の涙石ティア・イリス』!? 伝説の中にしか存在しないはずの、世界の調和を司るアーティファクト…! このお子さんが触れると、これほどまでに強く反応するとは…!」

エルミナは驚愕と興奮が入り混じった表情で、ポヨンちゃんと涙石を交互に見つめている。

その夜、俺たちはエルミナの案内で、地下遺跡内にある彼女の私的な研究室(という名の、雑然としているがどこか落ち着く隠れ家)で、久しぶりの休息を取ることになった。

質素だが清潔なベッド、温かい食事(クルトが「僕の特製・完全栄養機能性ペーストをぜひ!」と怪しげなチューブを差し出してきたが、エルミナの一睨みで黙って引っ込めた)。俺は、ようやく少しだけ強張っていた肩の力が抜けるのを感じた。

しかし、そんな安息も長くは続かない。エルミナとクルトが、夜通し古代文献の解読や「虹色の涙石」のエネルギー分析について、専門用語だらけの熱い議論を交わし始めたからだ。その声が気になって、結局あまり眠れなかった。バルガスは開始早々に豪快なイビキをかいて寝落ちし、リリアナさんは真剣な表情で二人の議論(主にエルミナの解説)に聞き入っている。ポヨンちゃんは、あの虹色の涙石を大事そうに抱きしめ、すやすやと幸せそうな寝息を立てていた。この子だけが、このパーティの唯一の癒やしかもしれない。

翌朝、目の下にうっすらとクマを作ったエルミナ(徹夜したらしい)が、一枚の羊皮紙を広げ、俺たちに結論を告げた。

「『虹色の涙石』は、やはり世界の『律動』を調和させ、安定させる力を持つようです。そして、古代の記録によれば、これと対になる、あるいは共鳴し合う石がもう一つ、『忘れられた神殿』に奉られていると記されています。もし二つの涙石を揃えることができれば…魔王ザルヴァークの力の源である『律動の歪み』を大きく抑え込み、あるいは、あなたの帰還に必要な『時空の安定化』にも繋がるかもしれませんわ」

「忘れられた神殿」は、クリスタリアから遥か南、険しい未踏の山脈を越えた先にある、人々の記憶からも忘れ去られた古代の聖地だという。

「(また過酷な長旅確定かよ…しかも未踏の山脈って、絶対ヤバい魔物とか出るパターンじゃん…もういい加減にしてくれ…)」

俺の心の嘆きは、S.A.G.E.の冷静な分析によってさらに増幅される。

『新目的地「忘れられた神殿」までの推定所要日数、約25日。道中の危険度レベルAA+。マスターの生存確率は、賢者エルミナ及びクルト・クロノギアの加入により若干上昇したが、依然として2%未満。さらなる胃薬の常備を推奨する』

一行は数日間の準備期間(主にクルトとエルミナが旅に必要な魔道具を開発&整備し、バルガスとリリアナが訓練、俺とポヨンちゃんはクリスタリア観光という名の食いだおれ)を経て、地下遺跡からクリスタリアの街へと戻った。街はアークゴーレムとラジオ体操ゴーレムの騒動からすっかり落ち着きを取り戻している。

エルミナとクルトが揃って街を歩いていると(エルミナは人目を避けるようにフードを深く被っているが)、すれ違う人々から畏敬の念と、若干の好奇と恐怖が入り混じった視線が向けられる。

そして、俺たち一行に関する噂――「アークガーディアンを歌で止めた謎の勇者一行」「虹色のスライムを自在に操る美少女使いポヨンちゃんのことらしいを連れている」など、原型を留めないほど誇張され、歪曲された伝説――が、まことしやかに囁かれているのを耳にして、俺は再び頭を抱えた。

「さあ、皆さん、旅の準備はよろしいですわね? 『忘れられた神殿』への道は、これまでの旅とは比較にならないほど危険に満ちていますから、心してかかってくださいまし」

エルミナのその言葉には、どこか楽しそうな響きすら含まれているように感じたのは、きっと俺の気のせいではないだろう。

ポンコツ勇者一行に、超天才(だが致命的に常識が欠落している)賢者エルミナと、歩く事故製造機マッドサイエンティストのクルト・クロノギアが正式に加わり、そのカオス度はもはや測定不能レベルに達した。


果たして彼らは、人々の記憶から忘れ去られた神殿に、無事であるはずがないたどり着くことができるのか? そして、「虹色の涙石」がもたらすものとは一体何なのか?

ユートの胃薬のストックが、いよいよ本格的に底を突きそうになっていた。

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